アンドレア・バッティストーニ(指揮)

熱望していた「幻想交響曲」の指揮が東京フィルで実現

 この秋には東京に約1ヵ月半滞在したバッティストーニ。もはや彼の活動には日本での生活がしっかり組み込まれているようだ。
「さすがに、自分を日本人だと感じることはまだありませんが(笑)。でも、毎年長い期間を日本で過ごしているので、“お客さん気分”はどんどん少なくなっています。人々の暮らしに興味を持つようになり、日本文化を知る素晴らしい機会になっています」

東京フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者に就任して4年目となる。楽員たちとの交流も進んでいるようだ。
「東京フィルと日本の聴衆に、自分が何を贈ることができるのかが就任したときの課題でした。僕の音楽の見方、仕事の仕方…。すでに高い技術を持つ彼らと一緒に音のパレットに新しい色を探すこと。でもその時は、ここまで素晴らしい歓迎を受け、しっかり受け止めてもらえるとは想像していませんでした。楽員たちとはレパートリーについて話し合うことも。思わぬ作曲家を提案されインスパイアされることも多いです」

東京フィルとの1月からの新シーズンはベルリオーズの「幻想交響曲」で幕開けとなる。
「ベルリオーズはベートーヴェン後の時代の作曲家で唯一、自分の道を歩み続ける勇気を持った人物でした。ベートーヴェンが成し遂げた革新を続け、もっと熱狂的で、もっと新しい音楽を求めたのです。『幻想交響曲』は音もコンセプトも、そのモダンさには驚くばかりです」
「この曲を指揮するのは今回が初めてとなります。『幻想』は音楽の勉強をしていた十代の頃、僕がもっとも好きだった曲のひとつでした。何度聴いたかわかりません。若い作曲家が恋に落ち、ロマンティックな情熱を表現するためにこの曲を作らずにはいられなかった、という背景も魅力的でした。『幻想』を指揮するのが当時の僕の夢だったのです。プロになってから何度もこの曲の演奏を希望しながら、なぜかこれまで実現しなかったので、今回はおもいっきり『幻想』に浸る良い機会だと思っています。また、阪田知樹さんのピアノでラフマニノフの協奏曲第3番も演奏しますが、これも『幻想』と相性の良い曲だと思います」

9月にはザンドナーイのオペラ《フランチェスカ・ダ・リミニ》全曲が演奏される。マスカーニ《イリス》(2016)、ボーイト《メフィストーフェレ》(2018)につづき、珍しいオペラを演奏会形式でとりあげている。
「このシリーズも皆さんが楽しみに待っていてくれるものに成長しました。ザンドナーイはイタリア・オペラの流れの中でヴェルディ、プッチーニの後継者になるべきだった作曲家です。社会情勢の変化によりそれは叶いませんでしたが、彼の素晴らしい作品の数々は忘れ去られるべきではありません。ザンドナーイはイタリア・オペラの伝統をヨーロッパの音楽と融合させることを試みた作曲家なのです」

「《フランチェスカ・ダ・リミニ》は、R.シュトラウス《サロメ》、ドビュッシー《ペレアスとメリザンド》と同じように、文学オペラと呼ばれる作品群の一つです。原作はダンテの『神曲』と、ダヌンツィオの戯曲です。フランチェスカは義理の弟パオロと恋愛関係となり夫を裏切ったゆえに地獄に落ちるのですが、ダンテの筆から透けて見えるのは彼女への深い共感です。直接の原作はダヌンツィオの悲劇であり、セリフに少しカットはあるものの戯曲の言葉がそのまま台本に使用されています。幻想的で、デカダンスな、官能的な世界です。ロセッティの絵画やミュシャのポスターの女性たちのように花に囲まれた陶酔的な世界ですが、そこには毒が含まれています」

キャストも期待できる。《メフィストーフェレ》に出演したマリア・テレーザ・レーヴァがさらにスケールの大きな歌唱を聴かせてくれるだろうし、ルチアーノ・ガンチ、フランコ・ヴァッサッロも注目の歌手だ。日本人キャストも素晴らしいメンバーが集結するそう。東京フィルとバッティストーニの快進撃は続いている。
取材・文:井内美香 写真:野口 博
(ぶらあぼ2019年12月号より)


Profile

1987年ヴェローナ生まれ。国際的に頭角を現している同世代の最も重要な指揮者の一人と評されている。2013年ジェノヴァ・カルロ・フェリーチェ歌劇場の首席客演指揮者、16年10月東京フィル首席指揮者に就任。日本コロムビア株式会社より同楽団とのCDリリースを継続中。スカラ座、フェニーチェ劇場、ベルリン・ドイツ・オペラ、バイエルン国立歌劇場、マリインスキー劇場、サンタ・チェチーリア国立アカデミー管、イスラエル・フィル等世界の主要歌劇場・オーケストラと共演。著書に『マエストロ・バッティストーニの ぼくたちのクラシック音楽』(17年・音楽之友社)。

Information
東京フィルハーモニー交響楽団 2020シーズン
アンドレア・バッティストーニ指揮の定期演奏会

1月定期
2020.1/23(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
1/24(金)19:00 サントリーホール
1/26(日)15:00 Bunkamura オーチャードホール

曲目:ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番(独奏:阪田知樹)
ベルリオーズ:幻想交響曲

9月定期
2020.9/25(金)19:00 サントリーホール
9/27(日)15:00 Bunkamura オーチャードホール
9/29(火)19:00 東京オペラシティ コンサートホール

曲目:ザンドナーイ:歌劇《フランチェスカ・ダ・リミニ》(全4幕)
出演:マリア・テレーザ・レーヴァ(フランチェスカ) ルチアーノ・ガンチ(パオロ) フランコ・ヴァッサッロ(ジョヴァンニ) 新国立劇場合唱団 他

問:東京フィルチケットサービス03-5353-9522
https://www.tpo.or.jp/
※2020シーズンのその他公演の詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。