神奈川県第3の人口規模を持つ政令指定都市・相模原市。その複数の中心部のひとつをなす橋本駅は、JR横浜線と相模線、京王相模原線が乗り入れるターミナル駅だが、その北口すぐに「杜のホールはしもと」はある。正確には、駅からデッキで直結する複合商業施設「ミウィ橋本」の7・8階にある。同施設のオープンと共に開館し、今年で開館25周年を迎える。

535席の客席は木のぬくもりに満ちた親密感と優れた音響空間をもたらす
駅から至近のミウィ橋本に入り、6階までの商業施設のにぎわいをエスカレーター等で眺めながら上がってゆくと、突如コンサートホールの静かな空間が現れる。この、日常から非日常へのスイッチの切り替わりが絶妙だ。コンサートホールが心理的ハードルの高い「一見さんお断り」の場所ではなく、日常と踵を接した場所にある。木質の落ち着いた壁面に囲まれた約530席のホールは、日常から「一歩足を踏み出した」心ときめく空間だ。
この距離感が自然に感じられるのは、運営する相模原市民文化財団スタッフの努力の賜物だろう。地域社会に根差した活動を通じ、杜のホールはしもとはすっかり相模原市の音楽文化を代表する「顔」となった。開館25周年を迎えた今年も、昨年から始まった音楽学者・広瀬大介氏監修による「うたシリーズ ドイツ歌曲の森」や、鑑賞マナーを緩和し幅広い層の聴き手に楽しんでもらおうという「リラックスパフォーマンス」など、意欲的な企画が実施されている。財団スタッフの柔軟な発想と実行力、そしてそれを支える相模原市と財団の理解に敬意を表し、さらなる発展を祈り確信している。

冨平安希子(ソプラノ、右)と冨平恭平(ピアノ) ©大窪道治
さて、同ホールを代表する企画と言えば何といっても「シリーズ杜の響き」だ。今年度で第55~57回を開催する同シリーズは、国内外のべテランから若手まで実力一流の演奏家を招聘し、その多くは独自プログラムが組まれている。地域のみならず、この点に惹かれ首都圏からも多くの聴衆が足を運ぶ。アーティストや音楽事務所との信頼関係のなせる業だ。
2026年度(第55回~第57回)も実に魅力的だ。開館25周年の歩みを振り返り、明日に向かう意志が感じられる。これまで同シリーズに登場してきたアーティストが再登場し、かつそれぞれに新たなチャレンジを行うのだ。

まず第55回(7/11)は、昨年創立35周年を迎えたバッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)。BCJは同シリーズ第50回に初出演。この時は鈴木優人が率いバロック・プログラムを披露したが、今回は鈴木雅明指揮でオール・モーツァルト。J.S.バッハをはじめバロック音楽語法に精通したBCJは、それを基盤に近年ロマン派作品にも鮮烈な解釈を聴かせている。すでに自家薬籠中のレパートリーであるモーツァルトから、驚くばかりの名曲揃い踏みプログラムだ。「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」と交響曲第40番の大名曲2曲。もちろんどちらも、楽曲への先入観を塗り替える新鮮な演奏が繰り広げられるだろう。そして英国と日本を拠点に活躍中、BCJとの共演も多いソプラノ安川みくが、モーツァルト14歳の作であるコンサート・アリアと祝いの演奏会にふさわしい〈踊れ、喜べ、幸いなる魂よ〉を歌う。
第56回(11/28)はアレクサンドル・カントロフのピアノ・リサイタル。カントロフは同シリーズ第45回(2021年)に登場している。19年のチャイコフスキー国際コンクールで優勝し話題を呼んでいたとはいえ、近年鰻登りに高まる評価を考えると、この時点で招聘していたのは慧眼だろう。すでに名声と人気は確固たるものだが、それでもキャパシティ約530人のホールを再訪してくれるのは、初回リサイタルで築かれた信頼関係あってのことだろう。この「近さ」でカントロフが聴けるのだ!

前回はリストとブラームスの組み合わせだったが、今回は同じリストでもバッハ「ミサ曲ロ短調」からインスパイアされた作品、そしてベートーヴェン最後のピアノ・ソナタを外枠に、メトネルやショパンが挟まれてゆく。まだ全容は明らかになっていないが、どこか「祈り」の気配が感じられるプログラムとなるのではないだろうか。聴く側の感度を一段階上げる精緻なピアニズムと楽曲の深い読みは、近年の録音からも窺える。おそらくはさらに加わっているだろうスケール感が一体となった、カントロフという稀有なピアニストの新境地が期待できるはずだ。
第57回(27.2/23)では、このシリーズに出演経験のあるヴァイオリンの郷古廉とピアノの北村朋幹が再登場。今や一挙一動が注目されるこの2人に、ホール初登場となるチェリスト横坂源を加えて、ベートーヴェンの名作ピアノ三重奏3曲という、こちらも瞠目の企画である。2027年はベートーヴェン没後200年。郷古廉はウィーン、横坂源と北村朋幹はドイツでそれぞれ学んでおり、ベートーヴェンの音楽言語を肌で感じてきた3人のトリオには大きな期待が寄せられる。

そしてシリーズ第55回から、同ホールでは新しい開演チャイムが鳴り響くことも特記せねばなるまい。今や日本を代表する作曲家・藤倉大への「委嘱作品」である。ホールの新しい歴史の開幕を告げる開演チャイムに包まれながら、「シリーズ杜の響き」に耳を傾けよう。2027年8月から28年10月末までホールは改修のため休館するが、再開の際にはチャイムと共に「杜の響き」も新章を迎えることだろう。

文:矢澤孝樹
シリーズ杜の響き 2026
●vol.55 バッハ・コレギウム・ジャパン
2026.7/11(土)14:00 ほねごり杜のホールはしもと ホール
出演/
鈴木雅明(指揮)、安川みく(ソプラノ)、バッハ・コレギウム・ジャパン
曲目/
モーツァルト:セレナード ト長調 K.525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」
:コンサート・アリア〈烈しい息切れとときめきのうちに〉 K.88(73c)
:モテット〈踊れ、喜べ、幸いなる魂よ〉 K.165(158a)※ミラノ初演版
:交響曲第40番ト短調 K.550(初稿)
●vol.56 アレクサンドル・カントロフ ピアノ・リサイタル
2026.11/28(土)14:00 ほねごり杜のホールはしもと ホール
7/18(土)チケットMove・イープラス先行発売
7/19(日)発売
出演/
アレクサンドル・カントロフ(ピアノ)
曲目/
リスト:J.S.バッハのカンタータ〈泣き、嘆き、憂い、慄き〉と
〈ロ短調ミサ〉のクルチフィクススの動機による変奏曲 S.180
メトネル:ピアノ・ソナタ第1番へ短調 op.5
ショパン:前奏曲 嬰ハ短調 op.45
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第32番ハ短調 op.111 他
●vol.57 郷古廉・横坂源・北村朋幹ピアノ・トリオ
2027.2/23(火・祝)14:00 ほねごり杜のホールはしもと ホール
11月下旬ごろ発売予定
出演/
郷古廉(ヴァイオリン)、横坂源(チェロ)、北村朋幹(ピアノ)
曲目/
ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第5番ニ長調 op.70-1「幽霊」
ピアノ三重奏曲第6番変ホ長調 op.70-2
ピアノ三重奏曲第7番変ロ長調 op.97「大公」
問:チケットMove 042-742-9999
https://hall-net.or.jp/02hashimoto/
※各公演の詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。
