
Nemanja Radulović
ヴァイオリン
本能的なエネルギーと研ぎ澄まされた感性が息づく唯一無二のステージ
音楽が生きものなら、それを生み出す人は魔法つかいにちがいない。ネマニャ・ラドゥロヴィチのヴァイオリンは、鮮烈な生命の躍動でそのことを明かしてみせる。大胆な自由と折り目正しい繊細さ、つまり冒険心と敬意をもって、彼はいつも熱く優しく人間的な対話を求めている。
昨年はドゥーブル・サンスの仲間たちとともにバッハとベートーヴェンを熱演したが、この6月には久々にリサイタルで来日する。ピアノのステファニー・フォンタナローザはパリ国立高等音楽院での師の愛娘。日本でのデュオは初めてだから楽しみでならない、とネマニャ・ラドゥロヴィチは言う。
「経験をたくさん積めば積むほど、独りで演奏しているときでも、想像上の仲間がステージにいっしょにいるように感じる。ステファニーとは22年来友情と音楽的な共感を育んできて、いまだにフレッシュな感覚をもちます。たぶん僕も彼女もこどもの心を持ち続けているから、いっしょに感動して、自然に共感を分かち合える。とてもしあわせなことです」
ふたりで考えたプログラムはふたつ。それぞれの核となるのはやはりバッハ、そして最新盤にもまとめたプロコフィエフだろう。
「プロコフィエフの新譜は、いままでで編集にもっとも時間と情熱を注いだアルバムになりました。とても若い頃に集中的に弾き込みましたが、いまこそ彼の作品と人間性に集中的に触れたかった。プロコフィエフには非常にピュアで強烈な感情の繋がりを感じます。どのような表現をとるにせよ、プロコフィエフは魂を注ぎ込んで100パーセントの真実を聴かせようとする。冷笑的なアイロニーの要素は、僕の内にはないものですが、それを意識して探求できたことも大きかった。いまはまた難しい時代になってしまいましたが、どんな時代でもどんな国にいても、普遍的なイメージ、愛情や陶酔感をみつけることができる、ちらっとそのようにも思いました」
いつだって音楽の喜びを掘り下げていきたいし、ふだんの心配事など忘れて、生きるためのエネルギーを聴き手と分かち合いたい。以前にも彼はそう話していた。音楽の可能性には、最悪に醜くて不幸なものをも美しく感じさせる力があるのだ、と。
「まさしくいまもそう思っています。そして、プロコフィエフの音楽の特別なところは、美しい音を使うにも、極端なものを求めて、魔法のような効果を上げる点ですね。強烈な表現で、プロコフィエフは音楽だけではなく、マジカルなものを分かち合おうとしたのかもしれない。花火のように人工的に、一瞬で炸裂して眩く現前するように、たくさんのことを伝えようとしたのではないか。とくに無伴奏ソナタは自己との対話で、いろいろなものが自分の人生をすり抜けてしまう、彼にとってのリアリティをそのまま作品にした面もあると思います」
こちらのプログラムには、プロコフィエフのおなじニ長調の2番のソナタ、バルトークとチャイコフスキー、サラサーテが組み合わせられた。大地はどこも繋がり、それぞれに異なる——そのようにしてルーツをもつ傑作が連なる。「それぞれの具体的な繋がりがあるというよりは、当時の作曲家や作品どうしが相互の影響を受けながら創造していたという背景を感じていただければと思います」。
もうひとつのプログラムには、バッハが座り、フランク、ラヴェルやリリ・ブーランジェといったフランス近現代の作曲家が集う。「バッハではシャコンヌという大聖堂のような一大傑作と、シチリアーノというシンプルな曲を対照的に並べました。そこから、ブーランジェとラヴェルを繋げるのも楽しい。ブーランジェの曲は美しくヴィジュアルな構築力と、夢みるような雰囲気が魅力です」。
それぞれが多彩に、無伴奏、デュオ・ソナタ、小品を含みながら、時代も地域も広く旅しつつ、ふたつのプログラムが合わせ鏡のように組まれているのも興味深い。
「『自分の魔法をみつけようね、そうしたら愉しいですよ』というメッセージが伝えられたら、僕たちはしあわせです。ルーツを意識しつつ、ともに旅をしましょう。そして、みなさんの心に善きことを、音楽によってもたらすことができますように」
取材・文:青澤隆明
(ぶらあぼ2026年5月号より)
ネマニャ・ラドゥロヴィチ ヴァイオリン・リサイタル
2026.6/25(木)19:00 【A】、6/26(金)19:00 【B】 浜離宮朝日ホール
問:朝日ホール・チケットセンター03-3267-9990
https://www.asahi-hall.jp/hamarikyu/
6/28(日)15:00 豊田市コンサートホール 【B】
問 豊田市コンサートホール・能楽堂事務室0565-35-8200
https://www.t-cn.gr.jp
6/30(火)18:45 アクトシティ浜松(中) 【A】
問 浜松市文化振興財団053-451-1114
https://www.hcf.or.jp/life
出演/ネマニャ・ラドゥロヴィチ(ヴァイオリン)、ステファニー・フォンタナローザ(ピアノ)
曲目/
【A】
チャイコフスキー:ポリーナのロマンス
フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調
J.S.バッハ:シチリアーノ BWV1031、シャコンヌ BWV1004
L.ブーランジェ:2つの小品 「夜想曲」と「行列」
ラヴェル:ツィガーヌ
【B】
バルトーク:ルーマニア民俗舞曲
プロコフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ第2番 ニ長調 op.94bis、無伴奏ヴァイオリン・ソナタ ニ長調 op.115
チャイコフスキー:なつかしい土地の思い出 op.42
サラサーテ:ツィゴイネルワイゼン op.20

青澤隆明 Takaakira Aosawa
書いているのは音楽をめぐること。考えることはいろいろ。東京生まれ、鎌倉に育つ。東京外国語大学英米語学科卒。音楽評論家。主な著書に『現代のピアニスト30—アリアと変奏』(ちくま新書)、ヴァレリー・アファナシエフとの『ピアニストは語る』(講談社現代新書)、『ピアニストを生きる-清水和音の思想』(音楽之友社)。『ショスタコーヴィチを語る』(青土社)で、亀山郁夫氏と対談。そろそろ次の本、仕上げます。ぶらあぼONLINEで「Aからの眺望」連載中。好きな番組はInside Anfield。
https://x.com/TakaakiraAosawa

