
取材・文・写真:オザワ部長(吹奏楽作家)
オーケストラプレイヤーがジャズを指導
「Yeah!」「Yeah!」
近畿大学附属高校吹奏楽部——通称・近高(きんこう)の練習場には、ほかの学校とは違った声が響いていた。

吹奏楽部の返事というと「はい!」が定番だ。しかし、シンフォニックジャズ&ポップスコンテスト全国大会で通算8回の総合グランプリに輝く近高では、ジャズやポップスの練習の際には「Yeah!」と返事をすることになっている。また、ソリストが見事な演奏を披露した後には「Yeah!」と拍手で称える。
たかが返事と言うなかれ。「はい!」を「Yeah!」に変えることで、自分たちが演奏する曲に対する心構えや空気感も変わる。ジャズやポップスの演奏に大切なノリ、グルーヴ感も変わる。
小さなことのように見えて、重要なキーになっているのだ。
一方、コンクールの自由曲など一般的な吹奏楽曲の練習では、返事は「はい」だ。ただ、2025年度の吹奏楽コンクールで近高が自由曲に選んだオリヴァー・ヴェースピ作曲《ディヴェルティメント》は、ジャズやフォークダンスの音楽を取り入れた曲だった。

コンクールの練習というと、どうしてもピリピリした雰囲気になりがちだが、近高には「Yeah!」が飛び交っていた。ジャズとポップスという自分たちの強みを活かし、吹奏楽コンクールの頂点を目指そうとしていたのだ。
指導するのは、小谷康夫先生。大阪交響楽団の首席ティンパニ奏者だ。クラシック界に生きる小谷先生だが、「クラシックもジャズポップスも同じ音楽」とどちらの指導にも力を入れている。
部員たちの前で踊るように指揮をし、笑顔を浮かべ、良い演奏には親指を立てて「Yeah!」と言う先生は、同時にオーケストラの上質で奥深いサウンドにも精通している。
小谷先生に牽引され、近高はいわばハイブリッドなバンドとして輝きを放ってきたのだ。
守りに入った関西大会の後悔を晴らす!
近高は2024年まで全日本吹奏楽コンクールに3回出場している。2024年は実に11年ぶりの出場だった。
2025年度に131人の部員を統括する主将になった3年生、オーボエ担当の永松美紘は「私たちの代でも全国大会に行かなければ」というプレッシャーを感じていた。当初は自由曲《ディヴェルティメント》が不安要素だったという。
「ポップス要素のある自由曲が審査員に受け入れてもらえるんやろうか……と。指揮者の小谷康夫先生が『守りに入らず、思い切りやったらいい』とおっしゃってくれたので、その言葉どおりにやろうと心に決めました」

美紘は、名門として名高い奈良県の生駒市立生駒中学校吹奏楽部の出身だ。中1のときはコロナ禍でコンクールが中止になったが、中2、中3と連続で全国大会金賞を受賞。頂点を極めて近高にやってきた。
だが、やはり高校はレベルも高く、ライバルも手強い。昨年8月、2年連続の全国大会出場をかけて近高は関西大会に出場したが、美紘は後悔の残る演奏をしてしまった。
「プレッシャーや緊張のせいもあって、『整った演奏をしなければ……』と考えてしまい、守りに入った演奏をしてしまったんです」
小谷先生の言葉を裏切ってしまった。
だから、無事に2年連続で関西代表に選ばれ、全国大会出場が決まったとき、美紘は固く誓った。
「全国大会では心から楽しいと思える演奏をしよう!」

10月下旬に宇都宮で開催された全日本吹奏楽コンクールでは、美紘は関西大会の悔しさを晴らすようにオーボエを吹き鳴らした。近高は持ち前のリズム感やグルーヴ感を活かした快演を披露。会場は熱気に包まれた。
美紘はこう振り返る。
「コンサートみたいに楽しく演奏できました。小谷先生も指揮をしながら笑顔だったし、途中で親指を立てて無言の『Yeah!』を送ってくれました」
8月の後悔はどこかに吹き飛んでいた。
最初で最後のコンクールメンバー
美紘のほかにも、全日本吹奏楽コンクールに特別な思いで臨んでいる部員がいた。
副主将でアルトサックス担当の上田葵(3年)だ。
中学時代は小編成バンドだった。大編成と全国大会に憧れて近高にやってきたが、高1、高2と55人のコンクールメンバーに選ばれることができなかった。
高校生活最後の年、葵はついにメンバーの座を手に入れた。

「コンクールメンバーとして練習に参加するのが初めてだったので、きっと練習はきっちりかっちりやるものだと思っていました。でも、自由曲が《ディヴェルティメント》だったので、練習も『楽しくやろう』という雰囲気がありました。小谷先生が言っていた『自分たちが楽しんでいないと、お客さんも楽しめないよ』という言葉が印象に残っています」
葵は《ディヴェルティメント》でソロも任された。夢見ていた全国大会の舞台で、葵は精いっぱいサックスを響かせた。
「ソロが終わったあと、先生が小さく『Yeah!』と言って微笑んでくれたことが忘れられません。客席にいる保護者はみんな泣いていたし、一般のお客さんも感動しながら私たちの音楽に乗ってくれているのが伝わってきました」
審査結果は2年連続の銀賞。創部初の金賞受賞とはならなかった。
悔しさもあったが、それ以上に自分たちが音楽を楽しみ、観客とも共有できたという喜びが残る全国大会だった。

情熱的なソロでベストプレイヤー賞獲得
全日本吹奏楽コンクールから約3カ月経った2026年2月。
近高は東京で開催されたシンフォニックジャズ&ポップスコンテスト全国大会に出場した。前年度の総合グランプリ団体——すなわち、ディフェンディング・チャンピオンとしての参加だ。
ソプラノサックスでソロを担当する葵はこう意気込んでいた。
「ソロを任せてもらうからには、誰からも『すごい!』と思ってもらえる演奏がしたいです。それと、コンクールは55人しか出られず、同期の3年生でもメンバーに入れなかった人もいましたが、こちらの大会では131人全員で出られます。全部員で一致団結して臨みたいと思います」
2年間コンクールメンバーになれなかった葵だからこその視点だ。

演奏曲の《サード・ウィンド》には、約1分半に及ぶテナーサックスのソロもある。担当するのは3年で学生指揮者も務める西森呼春(こはる)だ。
「中学時代はコンクールで地区大会銅賞のバンド。私も高校に入ったときはめっちゃヘタクソで、『ビブラートってどうやってかけるんですか?』というレベルでした」
小谷先生や先輩、同期に教えを受け、呼春はメキメキと力をつけていった。そして、高校生活最後の年には近高の全日本吹奏楽コンクール銀賞に貢献し、シンフォニックジャズ&ポップスコンテスト全国大会で重要なソロを任されるまでに成長したのだった。
呼春はこう語る。
「ソロはすごく緊張するし、プレッシャーも感じました。練習では、フラジオ(通常のサックスの音域を超えた高音域)がなかなかうまく出せなかったり、速いパッセージで指が回らなかったり、不安なところはたくさんありました。でも、『カッコいい』と思ってもらえるソロを吹けるよう、歴代の先輩たちの演奏も自分なりに研究して、『ここはこう吹いたほうがいいんやな』と練習に活かしてきました」

卒業式を間近に控え、近高の3年生は最後の大会としてシンフォニックジャズ&ポップスコンテスト全国大会に臨んだ。
呼春は内側から情念があふれ出してくるような太い音で、超絶技巧を駆使して《サード・ウィンド》のソロを披露した。
審査結果は、2年連続の総合グランプリ受賞。それに加えて、呼春は個人としてベストプレイヤー賞に選ばれた。
入部時にビブラートすらかけられなかった少女の大きく成長した姿がそこにあった。
やりたいように演奏していいんや!
名門バンドの主将という大役を果たした美紘は、3年間の高校生活をこう振り返る。
「近高ではみんなが自発的に音楽を奏で、楽しんでいました。特に、『私はこう吹きたい!』という意志が見える演奏が印象的で、私も『自分のやりたいように演奏していいんや』と思えました。近高で活動していくうちに性格や演奏が変わっていき、気づいたら笑っている自分がいました。近高に来たからこそ、私は変われたんだと思います」

葵も、美紘と同じように自身の成長を実感したと語る。
「近高のサックスパートはいちばんの大所帯で、25人もいるんです。みんなが仲間であり、ライバルであり、お互いに高めあえる存在でした。ほかの子たちの努力や演奏表現に感化され、私ももっと頑張ろうと思えました。近高で本当にいい仲間に恵まれました」
2つの大きな大会で輝かしい結果と熱い演奏を残し、美紘たち3年生は卒業した。音楽を楽しむ中でそれぞれが自分の殻を破り、人間的に大きく成長できた高校生活だった。
もう二度とは戻らない近畿大学附属高校吹奏楽部での青春の日々に、いま力いっぱい「Yeah!」と言おう——。

『吹部ノート —12分間の青春—』
オザワ部長 著
ワニブックス
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オザワ部長 Ozawa Bucho(吹奏楽作家)
世界でただひとりの吹奏楽作家。
ノンフィクション書籍『とびたて!みんなのドラゴン 難病ALSの先生と日明小合唱部の冒険』が第71回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書に選出。ほか、おもな著書に小説『空とラッパと小倉トースト』、深作健太演出で舞台化された『吹奏楽部バンザイ!! コロナに負けない』、テレビでも特集された『旭川商業高校吹奏楽部のキセキ 熱血先生と部員たちの「夜明け」』、人気シリーズ最新作『吹部ノート 12分間の青春』など。

