
いわゆる超一流と称される指揮者は、登場した瞬間になんとも言い表しがたいエネルギーを放つものだ。巨匠然とした風格であったり、戦いに挑むような威圧感であったり、その放たれるエネルギーは指揮者によって実にさまざまである。ヤニック・ネゼ=セガンの場合は、あるオーケストラのメンバーが「太陽のよう」と形容した明るさに集約されるのではないだろうか。小柄な身体からあふれ出るひたすらポジティブなエネルギーが引き出す演奏は、コンサートホールでも歌劇場でも、常に絶大な人気を集めている。
その底抜けの明るさは、ネゼ=セガンのキャリアが実に若い頃から最前線を走り続けてきたこととも無関係ではないのかもしれない。1975年にカナダのモントリオールで生まれた彼は、5歳でピアノを始め、10歳になる頃には指揮者を志す決意を固めたという。さらにその2年後にはモントリオール音楽院でピアノ、指揮、作曲、室内楽を学び、合唱指揮は米国のウェストミンスター・クワイア・カレッジで研鑽を積んだ。20歳になるかならないかの若さで自らシャペル・ド・モントリオール(声楽・器楽アンサンブル)を創設し、2000年には25歳でモントリオール・メトロポリタン管弦楽団の芸術監督兼首席指揮者に就任している。フィラデルフィア管弦楽団の音楽監督の就任が決まったのは35歳だった2010年(就任は2012年)、メトロポリタン・オペラ(MET)の音楽監督就任が発表されたのは41歳だった2016年(就任は2018年)と、そのキャリアは若い頃から着実に開けてきたことがうかがえる。なお、METへの就任が発表されたのは、彼がフィラデルフィア管との来日公演の最中であった。
しかしながらネゼ=セガンのキャリアは、コンクール優勝などによって若い頃に突然開花したものではない。オペラからシンフォニー、室内楽に至るまで幅広く活動し、ピアニストとしては録音まで残すという多面的な歩みを、バランスよく着実に積み重ねてきた結果である。19歳の頃にはカルロ・マリア・ジュリーニを1年以上にわたってフォローし、リハーサルやコンサートに立ち会いながら研鑽を積んだ。また、モントリオール・メトロポリタン管との関係が始まったのと同時期に、モントリオール・オペラでは指揮者としてだけでなく、合唱指揮やアシスタント指揮者としてもオペラに取り組んでいる。
ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督(2008〜2018年)やロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の首席客演指揮者(2008〜2014年)を歴任したネゼ=セガンは、現在もウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、バイエルン放送交響楽団、ヨーロッパ室内管弦楽団などとも密接な関係を維持している。これらのオーケストラとは、ベートーヴェン、ブラームス、ブルックナーの交響曲全曲など、録音にも積極的に取り組んでいる。

オペラの分野でも、2008年のグノー《ロメオとジュリエット》でザルツブルク・デビューを果たし、2010年と11年にはモーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》を指揮するなど、早くから活躍してきた。METには2009年、ビゼー《カルメン》で鮮烈なデビューを飾って以来、ヴェルディ、ワーグナー、プッチーニ、R.シュトラウスといった作曲家の作品に加え、近年ではMET史上初の黒人作曲家の作品上演となったブランチャード《Fire Shut Up in My Bones》をはじめとする現代オペラ上演でも高い評価を得ている。
黒人作曲家といえば、ネゼ=セガンは、これまであまり顧みられてこなかった作曲家の作品にも積極的に取り組んでいる。ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートでも作品が取り上げられる黒人女性作曲家フローレンス・プライスの交響曲第1番と第3番を、フィラデルフィア管弦楽団と録音したアルバムは、グラミー賞のベスト・オーケストラ・パフォーマンス賞を受賞した。
現在50歳。ウィーン・フィルが起用する指揮者としては、今年のニューイヤーを振ったリッカルド・ムーティと比べても、ネゼ=セガンはまだ随分と若い世代に属する。フィラデルフィア管とMETという世界的なオーケストラと歌劇団を同時に率いながら、ウィーン・フィルと同様に歌(オペラ)と管弦楽の双方に精通するネゼ=セガン。そのポジティブなエネルギーが牽引する新春の演奏に、いっそうの期待を寄せたい。
文:小林伸太郎
『ウィーン・フィル ニューイヤーコンサート2026』
2026.1/1(木・祝)19:00 NHK Eテレ【生放送】
19:15 NHK-FM【生放送】
出演/
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:ヤニック・ネゼ=セガン


