
傑出した才能は、少しでも早く見出されたほうが、その後の可能性が広がる。第23回東京音楽コンクール声楽部門に優勝した時点で、20歳だったテノールのチョン・ガンハンはその典型だろう。高密度で質感の高い声、行き届いた端正なフレージング、凜としたレガート、無理なく輝く超高音。韓国・富川(プチョン)出身で、ソウル大学校3年に在学中だが、同年代の歌手のはるか先を行っている。
言葉にせよ、響きにせよ、歌の表情にせよ、まだまだ磨き足りないところはある。だが、圧倒的な若年で優勝できる逸材だけがもつ底知れぬ力、時間をかけて積み上げただけでは得られない天与の輝きが、その歌にみなぎっている。早晩、世界的存在になると思うが、特別な才能だけに備わる圧倒的なパワーを、ヴェルディなどの3つのアリアを通して味わえるのは、とても貴重な機会だ。
また、木管部門で第1位になったクラリネットの三界達義は、精緻で生き生きとした響きを作る。ニールセンのクラリネット協奏曲で、聴き手の気持ちを高揚させるだろう。ピアノ部門で第1位のほか聴衆賞を獲得した本堂竣哉も、まだ東京藝大の4年生だが、音楽への深い洞察力をもとに、繊細かつ大胆に聴かせる。ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」がどれだけ表現力に富むことか。
将来の音楽界を背負う3人の逸材が、下野竜也指揮の東京フィルと共演し、司会の朝岡聡がそれぞれの素顔を引き出す。心に響いた熱演が、そのまま未来への希望につながるはずである。
文:香原斗志
(ぶらあぼ2026年1月号より)
第23回東京音楽コンクール 優勝者コンサート
2026.1/12(月・祝)15:00 東京文化会館
問:東京文化会館チケットサービス03-5685-0650
https://www.t-bunka.jp

香原斗志 Toshi Kahara
音楽評論家。神奈川県生まれ。早稲田大学卒業、専攻は歴史学。イタリア・オペラなどの声楽作品を中心にクラシック音楽全般について執筆。歌声の正確な分析に定評がある。日本ロッシーニ協会運営委員。著書に『イタリア・オペラを疑え!』『魅惑の歌手50 歌声のカタログ』(共にアルテスパブリッシング)など。歴史評論家の顔もあり、近著に『お城の値打ち』(新潮文庫)。
