
Thomas Johannes Mayer 1969-2025
世界的なバリトン歌手のトーマス・ヨハネス・マイヤーが死去した。享年56。最後のオペラ出演は、今年11月半ばに新国立劇場で上演されたベルク《ヴォツェック》(新制作)のタイトルロール。全5回のうち、3公演以降は体調不良のため降板していたが、その後わずか1ヶ月余りでの訃報となった。
ドイツ南西部ベンスハイムの生まれ。哲学、歴史、音楽学を学んだ後、ケルン音楽大学でリーゼロッテ・ハメスとクルト・モルに師事して声楽を学んだ。シュトラウスとワーグナーを中心としたレパートリーで、ウィーン国立歌劇場、バイエルン国立歌劇場、ハンブルク国立歌劇場、ミラノ・スカラ座、英国ロイヤルオペラ、ザルツブルク音楽祭、バイロイト音楽祭など、一流の歌劇場や音楽祭に出演し、80以上の役を演じている。なかでもバイロイト音楽祭では、テルラムント(《ローエングリン》)、オランダ人(《さまよえるオランダ人》)、さすらい人(《ジークフリート》)、アムフォルタス(《パルジファル》)ほかワーグナーの主要な役柄を演じ、その力強い歌声で観客を魅了してきた。同音楽祭のウェブサイトでは、「歌を超えてその献身的な姿勢と舞台での存在感で観客の心を揺さぶったアーティストであり、彼の作品はバイロイト音楽祭の歴史の一部として永遠に残っています」とその業績を称えている。

撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
日本では新国立劇場への出演が多く、2009年の《ヴォツェック》タイトルロールで初登場。その後、《アラベッラ》マンドリカ(2010年)、《さまよえるオランダ人》オランダ人(15年)、《ニュルンベルクのマイスタージンガー》ハンス・ザックス(21年)、《フィレンツェの悲劇》シモーネ(25年2月)、そして劇場初登場から16年後、再び《ヴォツェック》のタイトルロールで戻ってきたことになる。その稽古期間中には誕生日を迎え、出演者や劇場関係者から祝福されている動画がSNS上に公開されていた。大野和士芸術監督からの信頼も厚い歌手のひとりで、同劇場の2026/27シーズンの目玉となるベンジャミン・ブリテン《ピーター・グライムズ》(新制作)での再登場も予定されていた。

撮影:三枝近志 提供:新国立劇場

撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
大野芸術監督は劇場ホームページを通じて、以下のようにコメントしている。
「トーマス・ヨハネス・マイヤーさんが、56歳という若さで急逝されたことに、新国立劇場の関係者一同、大変な衝撃を受けております。彼の長いキャリアの最後のご出演は、新国立劇場の今年11月のリチャード・ジョーンズ新演出での《ヴォツェック》でした。私自身は《ニュルンベルクのマイスタージンガー》のハンス・ザックスでもご一緒しましたが、朗々とした歌声はもちろん、役柄作りへの真摯な姿勢、お人柄に魅了されました。
《ヴォツェック》では、心理的に大変深く響く声、演技的にも細心の動作で、役柄の複雑な性格を見事に表し、新国立劇場での初演を含めた、この役の80回にも及ぶ集大成を新国立劇場の舞台で果たしていただいたことは、私たちにとりまして大変な名誉なこととして語り継がれるでありましょう。
まだまだ、ご一緒の舞台ができると信じておりましたので、本当に残念でなりません。
心からのお悔やみを申し上げます」

写真:堀田力丸 提供:新国立劇場

