文:下田幸二(音楽評論家・ピアニスト)
1927年 第1回からの課題曲
いよいよ第19回ショパン国際ピアノコンクールがこの10月に迫ってきた。その課題曲は、毎回参加希望者のそして聴衆の大きな関心事となる。

歴史を振り返ると、1927年の第1回コンクールは予選、本選の2段階選抜であって、予選課題曲は限られたレパートリーであり、本選も協奏曲第1番または第2番ではあったものの全楽章ではなかった。しかし、第2回以降その課題曲は漸次拡大され、戦後の1949年の第4回以降は、2回の予選と本選の3段階選抜に増加された。予選の回数は、その後予備予選の有無も考慮されるなど、3段階と4段階の選抜を行き来したが、2010年第16回本大会からは、3回の予選と本選というスタイルが続いている。
ショパンコンクールの本大会では、第1次予選〔エチュード+ノクターン系+バラード系・スケルツォ〕、第2次予選〔ポロネーズを含む自由曲〕、第3次予選〔ソナタとマズルカ〕、本選〔2曲の協奏曲より〕をベースにして、そこにワルツや前奏曲がどこかで課され、さらに自由枠が広がるというのが、近年のおおまかな課題曲の基本的な考え方である。もちろん、開催回ごとに少しずつヴァリエーションが加えられる。
しかし、第19回では過去にはない大きな改訂があった。
第19回の課題曲
さっそく今年の本大会の課題曲の概略を記してみよう。
第1次予選(10月3日~7日)
・以下のエチュードより1曲
op.10-1、op.10-2、op.25-6、op.25-10、op.25-11
・以下の作品から1曲
ノクターン op.9-3、op.27-1、op.27-2、op.37-2、op.48-1、op.48-2、op.55-2、op.62-1、op.62-2
エチュード op.10-3、op.10-6、op.25-7
・以下のワルツから1曲
op.18、op.34-1、op.42
・以下の作品から1曲
バラード op.23、op.38、op.47、op.52
舟歌 op.60
幻想曲 op.49
第2次予選(10月9日~12日)
・24の前奏曲 op.28から以下のグループで6曲連続
第7~12番、第13~18番、第19~24番
・以下のポロネーズから1曲(op.26は2曲)
アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ op.22
op.44、op.53、op.26-1,2
・任意の作品(複数可、24の前奏曲全曲も可)
※演奏時間は40~50分
第3次予選(10月14日~16日)
・ピアノ・ソナタ第2番 op.35 または第3番 op.58-両曲ともに第1楽章提示部の繰り返しはなし
・以下のマズルカから1組
op.17、op.24、op.30、op.33、op.41、op.50、op.56、op.59
・任意の作品(複数可)-ただし、上記の作品を弾いた上で、下記の演奏時間の下限を超えない場合
※演奏時間は45~55分
本選(10月18日~20日)
・幻想ポロネーズ op.61
・ピアノ協奏曲第1番 op.11 または第2番 op.21
本選に独奏曲である《幻想ポロネーズ》が!?
今回の本大会の課題曲で、まずたいへん驚かされたのは、本選に《幻想ポロネーズ》が入っていることだ。
「本選が若いときの華麗な様式の協奏曲だけで評価されることは長年の疑問でした。本選で協奏曲に加えて、ショパンの晩年の名品を演奏することは重要だと思います。第1次予選から第3次予選までは、いわば個人の世界。一方、本選ではオーケストラとの共演経験の豊富さで演奏に差が出るのです。《幻想ポロネーズ》を追加することで、第3次予選から本選への連続性が生まれ、またオーケストラとの共演経験が少ない出場者にとっては緊張を解くきっかけになるでしょう」
こう話すのは、ショパン・インスティテュート総裁であるアルトゥル・シュクレネル博士である。
過去にも、本選で2曲の協奏曲以外が演奏されたことはある。それは1995年第13回のことであった。その本選は、
・以下の協奏的作品から1曲
「お手をどうぞ」による変奏曲 op.2、ポーランド民謡による幻想曲 op.13、クラコヴィアク op.14
・ピアノ協奏曲第1番 op.11 または第2番 op.21
であった。しかし、これは大きな負担増であった。ショパン国際コンクールクールの本選進出者は、ただでさえ難しいショパンの独奏曲を3回の予選ラウンドにわたって極度の緊張感の中で弾いたことで、実は相当心身ともに疲弊している。そこに、協奏曲の前にもう1曲協奏的作品がプラスされたのである。しかも、op.2、op.13、op.14は一般的にあまり弾かれる作品ではなく、参加者は不慣れで、事実第13回の本選の協奏的作品の完成度がかんばしくない参加者は少なくなかった。

今回の本選に加えられたのは協奏的作品ではなくショパン最後の大きな独奏曲であり、名作である。そういう意味では、負担は第13回ほどではない。しかし、「協奏曲の直前に独奏曲を弾く」ということも、通常はあまりあることではない。メンタリティをどのように保ち、次の協奏曲につなげられるかは簡単なことではないだろう。
ワルツが第1次予選に
第1次予選では、エチュードを1曲にして、代わりに《ワルツ》が入っているのが近年見ることのなかった点である。実はワルツが課されたのは1960年第6回が最初で、それも第1次予選で《即興曲》や《ボレロ》などとの選択可能枠であった。その後はしばしばワルツが課せられるも、多くは第2次予選であった。
第19回のこの点の変更は二つの考えからなっている。一つはすでに予備予選を突破している(または、第一級の国際コンクールで第1位、第2位という予備予選免除者である)のでエチュードが弾けることは証明されているということ、それならば第1次予選でワルツという舞踏でのセンスを聴こうというのである。これはシュクレネル博士の述べることとも一致している。
第1次予選が《舟歌》と《幻想曲》を含む《バラード》系からのみの選択で、《スケルツォ》が弾けないのは、予備予選で全員にスケルツォが課されたためである。「スケルツォを弾きたいならば第2次予選以降の自由選択枠でどうぞ」という寸法だ。

第2次予選-前奏曲グループの復活
第2次予選は基本的に自由選択枠が広いラウンドというのが近年であるが、第17回と第18回で第3次予選に選択可能であった《24の前奏曲op.28》がなくなったので、24の前奏曲から3つのグループ分けで弾くことが復活した。これは2005年第15回以前によく見られたスタイルである。
ここではポロネーズも課されているが、《幻想ポロネーズ》は本選で必須となったので除外されている。それならばいっそ、本選必須を〔op.44以降のポロネーズ〕として、ここではポロネーズを課さずともよかった気はするのだが。なぜなら、結果として本大会で本選まで進出した場合、ポロネーズを第2次予選と本選で2曲(op.26を選択した場合は3曲も)弾くことになるからである。
いずれにせよこのラウンドは、曲目のバラエティと参加者の個性に富んだ4日間になる。そのため、「どのラウンドを聴くのが一番面白いですか?」というよくされる質問では、私は「第2次予選です」と答えることにしている。
第3次予選-意外に見落とされているソナタでの変更点
第3次予選では、前述のとおり24の前奏曲が選択枠から外された。これは、「ピアノ・ソナタを必ず弾いてほしい」という考えにほかならない。これはよく理解できる。なぜなら、難曲で大曲ではあるけれど、《ピアノ・ソナタ》とは性格が大きく異なる作品だからである。
もうひとつ目をひく点は、「両曲ともに第1楽章提示部の繰り返しはなし」という付帯条項である。これは一見なんでもないことのようだが、実はたいへん大きな変更点として見落とされがちである。なぜなら、前回までのコンクールで繰り返しが禁じられていたのは《ソナタ第3番 op.58》のみで、《第2番 op.35》では繰り返しが任意となっていた。

ソナタ第3番で繰り返しが禁じられていたのは、第1楽章提示部が大きいためである(1995年第13回ではイタリアのコミナッティが第3番でも堂々と繰り返した。ただし、それを減点対象とした審査員も複数であった)。第2番はよりコンパクトなので任意とされていた。しかし、それはもう一つの大きな問題をはらんでいた。第2番第1楽章は「どの小節へ繰り返すのか」という問題である。これはエキエル版の出現によって顕在化したことなのだが、ソナタ第2番は従来の第5小節へのリピートとエキエル版の冒頭へのリピートの二つの可能性が生まれていた。私は第5小節説を採るが、その是非はともかく、今回はその問題発生を回避したと言えるだろう。

リピートの指示があるが、同時期に出版されたものでリピートのない版もある
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以上が第19回ショパン国際ピアノコンクール課題曲の特徴の概略である。
2025年10月…秋のワルシャワはもう寒い。しかし、フィルハーモニーホールは熱い空気に満たされる。
【Information】
ショパンの全作品リスト https://chopin.nifc.pl/en/chopin/kompozycje?
ショパン作品の初版譜ファクシミリ https://chopinonline.ac.uk/cfeo/browse/
第19回ショパン国際ピアノコンクール
10/2(木) オープニングコンサート
10/3(金)〜10/7(火) 1次予選(85名)
10/9(木)〜10/12(日) 2次予選(約40名)
10/14(火)〜10/16(木) 3次予選(約20名)
10/17(金) フリデリク・ショパン没後176年記念コンサート
10/18(土)〜10/20(月) ファイナル
10/21(火)〜10/23(木) 入賞者コンサート
https://chopincompetition.pl/en
【Information】
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール2025 優勝者リサイタル
2025.12/15(月)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
2025.12/16(火)19:00 東京芸術劇場 コンサートホール
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール 2025 入賞者ガラ・コンサート
2026.1/27(火)、1/28(水)18:00 東京芸術劇場 コンサートホール
2026.1/31(土)13:30 愛知県芸術劇場 コンサートホール
出演
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール入賞者(複数名)、アンドレイ・ボレイコ(指揮)、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団
他公演
2026.1/22(木) 熊本県立劇場 コンサートホール(096-363-2233)
2026.1/23(金) 福岡シンフォニーホール(092-725-9112)
2026.1/24(土)大阪/ザ・シンフォニーホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/25(日) 京都コンサートホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/29(木) ミューザ川崎シンフォニーホール(神奈川芸術協会045-453-5080)





