フランスはいま、めくるめく夢のさなか
〜クラウス・マケラ&パリ管の昂奮ふたたび

©Marco Borggreve

 なにか特別なことが起こっている。その場にいた多くの人が、それを目撃したはずだ。2022年10月、クラウス・マケラとパリ管弦楽団の初めての日本ツアーの話である。

 ほんとうなら「聴いた」と書くべきなのだろうが、まさしく「目の当たりにした」感のつよい驚嘆の体験には、このほうがよい気がする。

 まだパンデミックの混乱が続くさなかの出来事だけに、なおのこと眩く、生命の光彩に満ちていたように感じられたところもあっただろう。しかしなにより、純度の高い喜びと愉楽がステージから鮮烈に溢れ出していたことが先だ。誇り高きあのパリ管の名手たちが興奮気味に、マケラの求める像を刻一刻と追い求め、まざまざと放熱しているように感じられた。

 当時まだ26歳の輝ける若者に夢を託すことで、われわれ名門は新しい季節を進んで行くのだ——そんな期待とスリルに満ちた感興が、奏者たちの響きからも表情からもみてとれた。第10代の音楽監督として2年目のシーズンを幕開けしたばかりの、初々しいわくわくや期待も伝わってくるようだった。

 日本ツアーの初日を聴いた夜、私は次のように綴っていた。彼らはまず、ドビュッシーの「海」、ラヴェルの「ボレロ」、そしてストラヴィンスキーの「春の祭典」という20世紀のパリを沸騰させた稀代の名曲を、21世紀的な解像度で刷新してみせたのだった。

 「クラウス・マケラは魔法をかける。オーケストラが嬉々としてクリアに鳴り響く。音の鳴りが尋常ではない。あらゆる音がひらかれている。輝かしく精彩を放ち、すみずみまで細胞が目覚めるように、生き生きと湧き立ってくる。酵素が効いたみたいに。

 誇り高きパリ管の自由な面々が、マケラとの音楽づくりを生き生きと楽しみ、一心に音を出している。なんとも心地よさそうだ。マケラが抽き出す息づかいが、終始伸びやかで自然だからだろう。しなやかに明敏な指揮で、細かな工夫も克明に凝らすが、決して全体の呼吸を傷つけることなく、全曲を通じての大きな流れをエレガントに保っていく。

 だから、オーケストラの最上の音が優美に出てくる。自分たちが美しい時間を創り出している、という誇りがオーケストラの面々に自ずと充ち満ちている」

 少々引用が長くなったが、その後3公演を聴き継ぐうちにも、こうした感覚は強まるばかりだった。時代がかった芝居からは遠く、マケラは現代の高精度レンズでまっすぐに作品をみて、鮮明な像を鋭敏に投影してくる。激しさのさなかでも、粗暴さは感じさせない。そうして、目眩く生命の音世界が沸きかえるのだ、しかも極めて高密度な造型のうちに。

 その後、クラウス・マケラは2023年秋にオスロ・フィルを率いて来日した。そして、25年6月にはパリ管との待望の再来日が、音楽監督4年目のシーズンを締めくくるアジア・ツアーの一環として叶えられる。

 なかなかすごいのが、来日公演のプログラムだ。いっぽうは交響曲、もういっぽうは組曲にフォーカスして、フランスきってのオーケストラ名曲がたっぷりと味わえる贅沢な構成である。

 シンフォニー・プログラムのほうは、ベルリオーズの「幻想交響曲」、サン=サーンスの第3番「オルガン付」という、フランスの19世紀、ロマン派から近代へいたる時代を画した名作の組み合わせ。作曲年代で言うなら1830年と1886年のひらきが展望されもする。

 それから、組曲のプログラムでは、ラヴェルとともに20世紀へと進んでいく。ラヴェルはやはりパリ管の十八番だが、このたびは多彩な三様の組曲による盛りだくさんなア・ラ・カルト。「クープランの墓」、バレエ音楽「マ・メール・ロワ」、そしてムソルグスキーからの編曲「展覧会の絵」が並ぶ。1910年代と20年代初めにかけて、ピアノ音楽から拡張された作品ばかりだが、洒脱な名手の精妙なオーケストレーションで、豪華な音絵巻が織りなされる。

 フランス独自の交響曲を問うた名作に、色彩と情景に溢れる多彩な近代の組曲。フランスきっての天才たちの管弦楽の粋が、マケラとパリ管の蜜月によって、この現代に新たに息づく。魔法のように湧き起こる響きに誘われ、私たちはめくるめく夢のさなかを生きるだろう。
文:青澤隆明
(ぶらあぼ2025年2月号より)

クラウス・マケラ(指揮) パリ管弦楽団
出演/クラウス・マケラ(指揮)、パリ管弦楽団
曲目/【6/18, 6/19】サン=サーンス:交響曲第3番「オルガン付」
          ベルリオーズ:幻想交響曲
   【6/20】ラヴェル:「クープランの墓」、「マ・メール・ロワ」(組曲版)
        ムソルグスキー(ラヴェル編):「展覧会の絵」

2025.6/18(水)19:00 ミューザ川崎シンフォニーホール 
1/30(木)発売
問:ミューザ川崎シンフォニーホール044-520-0200

2025.6/19(木)、6/20(金)各日19:00 サントリーホール 
1/18(土)発売
問:チケットスペース03-3234-9999
https://avex.jp/classics/odp2025/