豪華キャストが鮮やかに描き出す人間模様の妙
3月は別れの季節。明るくさよならを告げたり、涙交じりで抱擁したりと振る舞いは人それぞれ。でも、別れは出会いを得る最速の手段。少しの勇気が人生を変えるかもしれない。
ドイツ生まれの作曲家R.シュトラウスが、オーストリアの文豪ホフマンスタールと組んだ歌劇《ばらの騎士》(1911)は、18世紀ウィーンを舞台に、「出会いと別れ」がもたらす人生の滋味を、蠱惑(こわく)的なワルツのリズムと厚いオーケストレーションで描いた傑作オペラである。基本はコメディの筋立てで、宮廷人から怪しいゴシップ屋まで入り乱れるが、小さな役にも明快な個性が窺え、時代を越える「人間模様の面白さ」が大いに楽しめる。
物語の中心カップルは青年貴族のオクタヴィアンと富裕層の娘ゾフィー。前者は女性が男装するズボン役だが、今回はこの青年役にメゾソプラノの八木寿子と山際きみ佳がダブルキャストで挑むそう。ドイツ語に秀で、歌の安定感が光る八木と、びわ湖ホール声楽アンサンブルの注目株でイタリアの歌劇場で活躍し、華やかさが際立つ山際となると、うーん、どうしよう、選べない! 筆者としては、「2日間とも観てくだされば」と言うほかない。
続いて、青年に一目惚れするゾフィー役はソプラノの石橋栄実と吉川日奈子。関東圏での出演も多く声音が初々しい石橋と、きりっとした声音を持つ吉川の軽やかな歌いぶりが楽しみである。また、男声陣ではゾフィーとの結婚を企む貧乏貴族オックス男爵(バス)に注目。ベテラン妻屋秀和の深い響きと憎めぬキャラクター、中堅の筆頭株斉木健詞の逞しい歌いぶりが期待大である。なお、劇中で最も「物の分かった大人」であるゾフィーの父ファーニナル(バリトン)は、知性派青山貴とイタリアで活躍中の池内響が担当。青山の抜群の「声の鳴り」と池内の俊敏な歌いまわしをお楽しみに。
ところで、今回の《ばらの騎士》は、びわ湖ホール芸術監督阪哲朗初のプロデュースオペラ。阪といえば京都出身、ウィーンに学んで「古都の気風」を知り尽くす名指揮者。オペラ界で近年とみに評価の高い京都市交響楽団とともに、R.シュトラウスの極彩色のオーケストレーションを雄弁に示すに違いない。また、中村敬一の演出にも乞うご期待。爽やかさを上手く醸し出す彼なら、脇を固める名手たち—朗らかな侍女マリアンネの船越亜弥(ソプラノ)、気の利いた料理屋の主人の山本康寛(テノール)、一癖ある公証人の晴雅彦(バリトン)、名アリアを披露する歌手役の清水徹太郎(テノール)—の人間味も際立つに違いない。
なお、劇中で最も高貴な人物たる元帥夫人(ソプラノ)は、幅広いレパートリーで大活躍の森谷真理とふくよかな響きが持ち味の田崎尚美が競演。紅く熱い声音と切れのある動きを誇る森谷と、水色を思わせる透徹した歌声を放ち、所作に品格漂う田崎は、プリマドンナとして実に対照的な二人。愛人を手放す女性の潔さをそれぞれがどう表現するか? 客席の皆様には、舞台にひたすら目を凝らし、音楽に耳をそばだてていただきたい。
文:岸 純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ2024年1月号より)
2024.3/2(土)、3/3(日)各日14:00 びわ湖ホール 大ホール
問:びわ湖ホールチケットセンター077-523-7136
https://www.biwako-hall.or.jp/