彼らは心底ドヴォルザークを愛している
名匠セミヨン・ビシュコフとチェコ・フィルハーモニー管弦楽団の黄金コンビがこの秋、4年ぶりに来日する。前回はチャイコフスキーやスメタナが中心だったが、今回は堂々たるオール・ドヴォルザーク・プログラム。しかもサントリーホールでは、後期の3曲の交響曲と3曲の協奏曲をそれぞれ組み合わせた3公演が堪能できる。
「2024年は10年にいちど祝われる“チェコ音楽の年”なのです。そこで、今シーズンは本拠地のルドルフィヌムでもオール・ドヴォルザークの3公演で開幕し、その後の日本と韓国のツアー、そして来年のヨーロッパ公演でもドヴォルザーク・プログラムを演奏します。また、交響曲第7番〜第9番と序曲の録音も行います」とビシュコフ。
チェコ・フィルの歴史とドヴォルザークは切っても切れない縁がある。なぜなら、1896年に同楽団が創設されたとき、その最初のコンサートを指揮したのがドヴォルザークだからだ。したがって、チェコ・フィルには彼のDNAが受け継がれていると言っても大げさではない。
「そのとおりです。でも強調したいのは、彼らにとってはけっしてルーティンではないんです。彼らは心底ドヴォルザークの音楽を愛しており、『新世界』であれ他の作品であれ、何回演奏しようと、リハーサルのときから完全に没入しています。もちろん毎回、新たな気持ちで演奏するのはとても難しいことですけれど」
ビシュコフ自身も若い頃からドヴォルザークをレパートリーにしてきた。
「私は『新世界』のおかげでアメリカでの最初の職を得ることができたんです。ソ連を去って1975年にアメリカに渡り、ニューヨークのマネス音楽院に入学したのですが、その2ヵ月後に学生オーケストラのリハーサルで指揮したのが『新世界』でした。それが認められて、私は翌年から同オーケストラの音楽監督に任命されたので、個人的にも思い入れのある曲なのです。でも、チェコ・フィルとこの音楽を演奏するようになり、そのオーセンティックな精神に触れることで、それまでに比べてはるかに多くのものを得てきたと言えます。チェコで日々を過ごし、人々と交流し、その豊かで複雑な歴史を身近に感じることによって、ドヴォルザークの音楽に対する私の考え方も大きく影響を受けてきました」
日本ツアーで演奏する交響曲第7番〜第9番のそれぞれの魅力、作風の違いについては次のように語る。
「3曲とも性格は大きく異なりますが、ある意味では交響曲第9番がもっとも『古典的』(クラシカル)と言えるかもしれません。第8番は幸福感にあふれており、牧歌的。それに対して、第7番は苦悩に満ち、冒頭からすでに不穏さを感じます。一方、オーケストレーションの点で言えば、第8番においてすでに完成されています。第7番ではまだ未熟な部分があるので、演奏する際には響きのバランスに気を配る必要があります。3公演続けてお聴きいただければ、彼の進化を聴き取れるでしょう——いわばワイン・テイスティングで若いワインから熟成したワインまで味わえるように」
一方、ソリスト陣では、目下ヨーロッパで大活躍の藤田真央が演奏機会の少ないピアノ協奏曲にどう取り組むかが特に注目されよう。二人は来日公演を含む今回のアジアツアーで初共演となる。
ビシュコフはチェコ・フィルとのレコーディングにも力を入れており、現在はマーラーの交響曲全曲録音が進行中。9月には交響曲第1番が発売、さらに第6番、第7番、第9番もすでに録音は完了しているという。またパンデミック中に収録したスメタナの「わが祖国」も来年、作曲家の生誕200年に合わせてリリースされるそうだ。
さて、今季のビシュコフは、チェコ・フィル以外にもパリ管、ミュンヘン・フィル、ニューヨーク・フィル、シカゴ響など客演の予定も目白押しだ。さらに2024年の夏にはバイロイト音楽祭の新制作《トリスタンとイゾルデ》を指揮する。こうして世界の楽団から敬愛されているマエストロが、伝統を重んじるチェコ・フィルと奏でるドヴォルザークの世界を存分に味わいたい。
取材・文:後藤菜穂子
(ぶらあぼ2023年10月号より)
【Profile】
1952年レニングラード生まれ。ソヴィエト連邦を離れてから14年後の89年、彼は母国に戻り、サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団の首席客演指揮者に就任。同年、パリ管弦楽団の音楽監督に就任した。また、その数年前からニューヨーク・フィル、ベルリン・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ管などの楽団で活躍し、国際的なキャリアが活発になった。97年にはケルン放送交響楽団の首席指揮者、98年にはドレスデン国立歌劇場の首席指揮者に就任。2018年10月、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者・音楽監督としての任期をスタートさせた。
【Information】
セミヨン・ビシュコフ指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
2023.10/29(日)14:00、10/31(火)19:00、11/1(水)19:00 サントリーホール
出演/セミヨン・ビシュコフ(指揮)、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団、パブロ・フェランデス(チェロ 10/29)、藤田真央(ピアノ 10/31)、ギル・シャハム(ヴァイオリン 11/1)
曲目/[10/29]ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調 op.104 B.191、交響曲第8番 ト長調 op.88 B.163
[10/31]ドヴォルザーク:ピアノ協奏曲 ト短調 op.33 B.63、交響曲第7番 ニ短調 op.70 B.141
[11/1]ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲 イ短調 op.53 B.108、交響曲第9番 ホ短調 「新世界より」 op.95 B.178
問:ジャパン・アーツぴあ0570-00-1212
https://www.japanarts.co.jp
※各公演の詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。
他公演
2023.10/28(土) 愛知県芸術劇場 コンサートホール(052-588-4477)★
10/30(月) りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館 コンサートホール(025-224-5521)◯
11/3(金・祝) 大阪/ザ・シンフォニーホール(06-6453-2333)★
11/4(土) 横浜みなとみらいホール(ジャパンアーツぴあ0570-00-1212)
★=パブロ・フェランデス ◯=藤田真央