熱い友情で築く巨大なコラボレーション
この秋に来日するズービン・メータとイスラエル・フィル。これまでにも相思相愛ぶりをたびたび披露してくれたが、今年は彼らを軸に据えたビック・プロジェクトが控えている。11月8日・9日、両日にわたって繰り広げられるベートーヴェンの「第九」公演だ。
究極の「第九」
「第九」は大オーケストラに4人のソリストと合唱を要する巨大な楽曲だが、今回はそこにダンス界の巨人モーリス・ベジャール振付の舞踊が加わる。世界各国から集うダンサーの数は80余名。オーケストラや合唱を含めた総勢350名の才能が一つに結集する。
参加する団体を見ていると、まるで惑星直列のようにそれぞれの記念となる節目が重なっており、恐れ入ってしまう。今回結集するダンサーはスイスのローザンヌに本拠を置くモーリス・ベジャール・バレエ団と我らが東京バレエ団の混成チームだ。両者はベジャール作品の代表的カンパニーとして知られている。おりしも今年は東京バレエ団の創立50周年に当たり、またスイスと日本が国交樹立をして150周年という記念も重なる。
また振付のベジャールが20世紀バレエ団によりブリュッセルで本作を初演してからも、ちょうど50周年となる。この作品はその後も世界の主要都市で繰り返し上演されているが、巨大な規模故に野外劇場など、コンサートホールという枠を超えて多くの人々の集う場所で上演されることも多いという。
さらにイスラエル・フィルはメータの出生年である1936年に創立されており、両者は同い年である。現在は終身音楽監督の地位にあるメータは早くから同団の指揮台に繰り返し招かれており、初共演から数えるとすでに半世紀を超える付き合いだ。
これらは単なる偶然ではない、と筆者は考える。長年の交流で培われた経験や信頼関係が、公演という形をとる。客席をも包み込む国境を越えた熱い友情の輪は、一朝一夕には生まれまい。こうした人類愛を歌い上げるのにまた、「第九」ほどふさわしい楽曲もなかろう。東日本大震災当時、メータはオペラ公演を振る予定で東京にいた。その後公演は日程途中で中止となり、メータとオペラ座はやむなく帰国してしまった。それでも、メータはひとり、すぐに日本に戻りチャリティーコンサートで私たちを励ましてくれた。その時の演目も「第九」だった。
今回は舞台後方にオーケストラが陣取り、前方で両カンパニーの看板ダンサーたちが舞う。終楽章では藤村実穂子ら世界的な歌手をバックに、熱狂的な群舞が人類の連帯を全身で表現し、モニュメンタルな総合芸術が“歓喜”を具現化する。
イスラエル・フィルの魅力
このほか、本公演に先立つ10月26日にはオーケストラ・コンサートも予定されている。プログラムの冒頭にヴィヴァルディの「4つのヴァイオリンのための協奏曲」が置かれている。この手の公演では珍しいが、実はイスラエル・フィルの濃厚な弦の味わいが堪能できる心憎い選曲なのだ。名手たちの弓の競演でぐっと耳を引きつけた後は、モーツァルトの「リンツ」、チャイコフスキーの交響曲第5番が用意されている。
メータは楽団の特徴や長所を見極め、タクトの動きを調整しながら個性を引き出すのが滅法うまい。ましてや今回の相手は長く連れ添ったイスラエル・フィルだ。イスラエルは歴史的に宗教・政治の紛争が絶えない場所だが、メータは震災後の東京でやったように、同国が窮地に立たされるたびに積極的にこの楽団に足を運んできた。互いに深い絆で結ばれ、酸いも甘いも知り尽くしているとなれば、モーツァルトの喜遊もチャイコフスキーの憂愁やダイナミズムも、感情表現は自由自在だろう。
文:江藤光紀
(ぶらあぼ + Danza inside 2014年10月号から)
モーリス・ベジャール振付 ベートーヴェン「第九交響曲」
ズービン・メータ(指揮) イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団
東京バレエ団 モーリス・ベジャール・バレエ団
11/8(土)19:00、11/9(日)14:00 18:00 NHKホール
オーケストラ公演
ズービン・メータ(指揮) イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団
10/26(日)14:00 サントリーホール
問:NBSチケットセンター03-3791-8888
http://www.nbs.or.jp
他公演(オーケストラ公演のみ)
10/27(月)東京芸術劇場コンサートホール 問:都民劇場03-3572-4311
10/29(水)NHKホール 問:03-5777-8600
10/30(木)福岡シンフォニーホール 問:092-725-9112
11/1(土)ザ・シンフォニーホール 問:06-6453-6000
11/2(日)三重県文化会館 問:059-233-1122
11/3(月・祝)愛知県芸術劇場コンサートホール 問:052-957-3333