INTERVIEW 下野竜也(指揮)

あの感動を再び!
読響とのブルックナー交響曲第5番、9年ぶりに実現

取材・文:山田治生

 入国制限のために来日できなくなったローター・ツァグロゼクに代わり、読売日本交響楽団の1月定期演奏を指揮するのは下野竜也。ツァグロゼクで予定されていた、メシアン&ブルックナー・プログラムを引き継ぐ。

 ブルックナーの交響曲第5番は、2013年2月、下野が読響の正指揮者を退任する前の最後の定期演奏会で取り上げた作品でもある。9年前と比べて、下野は「ブルックナーをオーストリアのシンフォニストの系譜の一人として見つめ直し、よりシンプルに」と、その姿勢を語る。

2013年2月 第523回定期演奏会より

●今回、ツァグロゼクさんが組んだプログラムを引き継がれますが、このプログラムについてどう思いますか?

 私は、代役の場合は、余程の事情がない限り、基本的にそのプログラムをそのまま引き継ぐことにしています。今回は、さすがツァグロゼクさんの素晴らしい選曲だと思いました。

 メシアンとブルックナーの共通点は、時代こそ違いますが、ともに偉大なオルガン奏者であり、敬虔なカトリック信者であるということ。

 前回(2013年2月)に読響で演奏したときは、ブルックナー5番1曲だけでした。今回、決して小さくはないメシアンの作品を一緒に並べるのはチャレンジングだと思いますが、読響のみなさんの胸を借りて、がんばってみようと思いました。


●もともとは第二次世界大戦の犠牲者を追悼するために、当時のフランス文化相から委嘱されたメシアンの「われら死者の復活を待ち望む」は、木管、金管楽器と金属打楽器のための宗教的大作です。マエストロにとってどのような作品でしょうか?

 メシアンの宗教観を表す、彼の壮年期の作品です。教会の空間を意識されて書かれたと聞いています。不思議な編成ですよね。いってみれば吹奏楽ですが、フルート&ピッコロで5人、ホルン6人などという巨大な管楽器群と、ゴング、タムタムなど、金属系の打楽器の響きに圧倒されるのではないかと思います。

 深淵な、敬虔なコラールで始まり、メシアン独特の和声で、不協和音なんでしょうが、旋律が折り重なり、教会のなかでいろいろな響きが交錯しているような印象を受けます。そして、やはり鳥が出てきます。メシアンの鳥への想いを速いパッセージに聴いて取れます。どこを切ってもメシアン。彼の世界観に触れられることにワクワクしているところです。

●ブルックナーの交響曲第5番はこれまでにどれくらい指揮されましたか? その魅力は?

 最初に2006年の名古屋フィル、13年の読響の正指揮者退任のとき、その後、広響や兵庫芸術文化センター管でも演奏しています。

 交響曲第5番について、作曲家自身が「対位法の傑作」と言っていたと聞いていますが、その通りだと思います。小さな断片を丁寧に積み重ねるのに徹していて、まるで堅牢な建築物の中にいるようで圧倒されます。

 20年以上前、大阪フィルで指揮研究員をさせていただいとき、(晩年の頃の)朝比奈隆先生の指揮で、はじめに第7番、次に第5番を聴きました。5番が圧倒的な名演で、特に2楽章が素晴らしく、私はブルックナー好きでしたが、演奏会で聴く機会があまりなく、こんなに良い曲があるんだと、すっかり5番のファンになりました。

 そのあと、ウィーン留学時代に、ウィーン・フィルで初めて聴いたブルックナーの交響曲が5番でした。ムジークフェライン大ホールで、ロリン・マゼール指揮の演奏を聴いて、弦楽器のダウンダウンのボウイングやゲネラルパウゼの意味が分かりました。7番や8番アダージョのような流麗な曲ではありません。5番は古典の延長線上にある作品。様式美、格調高い響きが魅力だと思います。

 第2楽章第2主題は、森の中を歩いていて、目の前にきれいな湖や城が現れる感じです。そうした体験ができるのがブルックナーの交響曲の魅力です。第4楽章の圧倒的な大伽藍が築かれるコーダは、涙を禁じ得ない感動が待っていますが、だからといって、そこだけ聴いてもそうならないのがこの曲なのです。(第1楽章から聴いて)やっとそこに来た時に聴衆もオーケストラも、到達感や達成感を共有します。

 ブルックナーの5番の楽器編成は、シューベルトの「グレート」にホルン2本、トランペット1本、チューバ1本が加わった編成です。聴いていると、もっと巨大な編成様に聴こえる事もすごい事だと思います。

 ブルックナーは、ハイドン、モーツァルト、シューベルトなど、オーストリアのシンフォニストの流れを汲んでいます。ハイドンのフレーズの枠組みやシューベルトのシンフォニーのひな型に似ていると思います。第3楽章でのレントラーの感覚もオーストリアのものですね。

 今回は、ブルックナーがオーストリアのシンフォニストの系譜の一人ということをもう一度見つめ直してみよう、よりシンプルにやろうと思っています。そうすると、堅牢な建築物としてのブルックナー像が見えますし、歌唱的な部分も映えてくる。そのコントラストも出てくる。

 第4楽章のテンポの辻褄が合いにくいのですが、そんなにギアチェンジをしなくても、ブルックナーの尺のなかでやると巨大なアーチができるのではないかと期待しています。


●ブルックナーが好きな理由は何ですか?

 和声、こういう和音、思いもよらない転調の移り変わりに毎回感銘を受けます。そして、突然出てくる美しいコラールに胸を打たれます。ですので、一生ブルックナーの近くにいたいと思います。また、ブルックナーの「本当にベートーヴェンの『第九』が好きだったのだな(例えば、第5番終楽章での前3楽章の主題の回帰とか)」という頑固さ、偏狭さにも惹かれます。


●最後に演奏会に向けてメッセージをお願いします。

 まず、ツァグロゼクさんと読響で決めたプログラムの妙を楽しんでいただきたいです。
 9年前と同じオーケストラ、同じサントリーホールで、同じブルックナー5番を演奏できるのは、緊張しますが、気負わず、今の自分がブルックナーの譜面を見つめ直したとき、こういう音楽かなというのをストレートに出してみたいと思っています。

下野竜也 Tatsuya Shimono
鋭い感性と熱いハートで活力に満ちた音楽をつくる俊英。2006年から読響・正指揮者として意欲的なプログラムで注目を浴び、13年から17年3月までは首席客演指揮者として多大な功績を残した。1969年鹿児島生まれ。大阪フィルの指揮研究員時代には、朝比奈隆らの薫陶を受けた。ウィーン国立音楽大学に留学中、ブザンソン国際指揮者コンクールなどで優勝。以降、チェコ・フィル、シュトゥットガルト放送響などと共演し、国際的な活躍を展開している。17年4月から広響の音楽総監督を務めるほか、広島ウインドオーケストラ音楽監督、京都市立芸術大学教授などの任にある。


【Information】
読売日本交響楽団 第614回定期演奏会
2022.1/20(木)19:00 サントリーホール

指揮=下野竜也
♪メシアン:われら死者の復活を待ち望む
♪ブルックナー:交響曲第5番(ハース版)

問:読響チケットセンター0570-00-4390
https://yomikyo.or.jp