田崎悦子(ピアノ)

ピアノ人生の円熟を映す連続公演をバッハでスタート

(C)M・INOUE

 田崎悦子がJ.S.バッハ、ブラームス、シューベルトを弾く3回のリサイタル・シリーズ「Joy of Music」を開く。6月の初回は「Joy of Bach」。パルティータ第1、第4、第6番の3曲でプログラムを組んだ。

 「私の中で、今やりたい、やらなくてはならないのが、まずバッハでした。やっぱりバッハって一番難しいんです。私の原点。というか、すべての音楽の原点ですよね。まだやり直せるかもしれないと思いました」

 「バッハをやり直す」と虚心に語る姿勢に、この円熟の音楽家の凄み、真価がある。

 「バッハに向き合うと、心が大きくなる、かき乱される、そしてロマンティックになれる。すべてがあります。とくにパルティータはどの曲もキャラクターが濃くて、第6番は、息も絶え絶えというか、最後は自分も死んでしまうかのような怒りや死の世界。第4番はまったく対照的で、素晴らしい勝利の序曲から、最後も打ち勝って終わるような音楽。その2曲と全然違う世界が第1番。とくに前奏曲は私の暮らす八ヶ岳の春の風景みたいで、弾き始めると心が変わります」

 なかでも「骨の髄から好き」という第4番と第6番は、折に触れて弾いてきた。たとえば2006年の録音。『レコード芸術』誌で「自然な歌」「生き生きとした情感」と評され特選盤に選ばれた名盤だ。一方で彼女自身は、1994年にライブで収録した第6番の演奏にも惹かれるという。

 「ふだん自分の録音はほとんど聴かないので、この取材のために、じつは昨日初めて聴きました。自由奔放と言ったら言葉が良すぎるくらいで、危ないくらいに突き進むような演奏。目隠しして視界を前だけに遮られた競走馬みたい。でも悪くないなと思ったんです。2006年のほうも自由奔放は変わらないんですけど、もっときちんとしている(笑)。今度はどうなるか」

 どうやらキーワードは「自由奔放」だ。しかしそれはもちろん、「恣意的」と同義ではない。
 「バッハは非常にきちんと書かれているので絶対にフリーには弾けないです。ものすごく細かくきちんと弾いたうえで、最終的にジャズの即興のように弾きたい。それが私の夢です」

カザルスのバッハ演奏に思う

 かつて米国のマールボロ音楽祭で教えを受けた際に聴いたカザルスのバッハの印象を、「やわらかくて、ある意味ゆるい。身体にもメンタルにも力みがなくて、まるで空気が動いてるような、すべてがそのままある感じだった」と教えてくれた。「自由奔放」に加えてその「ゆるさ」も、われわれ聴き手が彼女からバッハを受け取る際のヒントになりそうだ。

 現代のピアノでバッハを弾くことについて尋ねると、「私にとって自然だから。自然体でいきたい」とさらり。ついついその「醍醐味」とか「意義」とかを類型的に問おうとした自分に汗顔。

 「Joy of Music」というシリーズ名は、清里高原で20年間続く、彼女主宰の合宿式マスタークラスとも共有している。
 「文字通り。これに尽きますよね。それほど深い意味ではないのですが、生きる喜びの中には苦しみも含まれている。それをお伝えしたいという願いも入っているのだと思います。あんまりJoyを期待していらっしゃると、演奏者の苦しむ姿をお見せしてしまうかもしれませんね(笑)」
取材・文:宮本 明
(ぶらあぼ2021年6月号より)

田崎悦子 ピアノリサイタル Joy of Music 全3回シリーズ ’21〜’22
第1回 Joy of Bach 2021.6/6(日)14:00 
第2回 Joy of Brahms 2021.11/14(日)14:00
第3回 Joy of Schubert 2022.6月予定
東京文化会館(小)
問:カメラータ・トウキョウ03-5790-5560 
http://www.camerata.co.jp