北村朋幹(ピアノ)

作品自体を純粋に見つめ、その心情に寄り添う

C)TAKA MAYUMI
 作品への知的なアプローチが光る北村朋幹のピアノ。今度の浜離宮ランチタイムコンサートでは「音自体に惹かれる曲ばかりを、心赴くままに選曲」したという。

「『夕闇の中、夢見心地で鍵盤の上で指を遊ばせているうちに、つい旋律を口ずさんでしまう』というシューマンの言葉があります。メンデルスゾーンの『無言歌』に寄せたものです。こんな風に音楽と向き合うことができたらどんなに幸せだろうと思います。今回のプログラムは、そうした感覚を大切にして選曲しました。1曲目のショパンのノクターン op.32は、一日の練習前に思考も計画も持つことなくただ心赴くままに弾いていた時期がありました。大きなソナタでもなく、題名もない、その場にふと現れたような小品は、作曲家にもっとも近い音楽であると感じられます」

 ショパンに続けるのは、ブラームスの晩年の作品「6つの小品」op.118だ。

「ブラームスの晩年の書法は完璧で、おそらくすべての音を論理的に分析することも可能です。しかしその完璧さが、音楽の自由さを制限することは絶対にありません。私たちは、自分が誰よりもこの音楽に共感していると思ったり、この世で自分をこれほどまでに理解してくれるのはこの音楽以外にない、などと感じたりします。彼の音楽が、なぜあれほど人の心に寄り添うことができるのか、もうほとんど神秘的としか形容できません」

 日本人作曲家作品の中でも細川俊夫の音楽には10代半ばから関心を寄せ続けてきたが、「自分でも演奏してみたい」と思うようになったのは、外国に暮らし、音楽家として様々な経験を経てからだった。

「海外に住みはじめ、自分が日本人であることを自覚し、自分が今なぜクラシック音楽に携わるのかということを、深く自問自答するようになりました。そんな頃、細川さんのオペラ《松風》のベルリン初演を観て、改めて彼の作品への強い興味が沸き、ちょうどその頃、6曲からなる『エチュード集』が初演されていたのです。初めて全6曲が印刷された楽譜を手にした時は、夢中で読み込みました。自分ならこの作品で何を語りたいか、を考えていることに気が付き、初めて演奏してみたいと思ったのです。この作品について私は、「6つのピアノ曲」として捉えています。エチュード=練習曲という観点からすれば、リストやラフマニノフのような超絶技巧とは真逆の性質ですが、万能とされるピアノからもっともシンプルな音で語るという、ある意味では究極の技術を要する作品です」

 締めくくりはベートーヴェンの後期ソナタ、第31番 op.110だ。

「ベートーヴェンの作品に取り組む上で最も難しいことは、過度にヒロイックに誇張された人物像を忘れ、作品自体と純粋に向き合い、彼の人間像をどう見出していくか、ということ。結局は、自分はこの作曲家・作品のどういうところが好きなのか、それを探ることが嘘のない唯一の方法なのだと思います。op.110はもちろん、歴史に残る傑作です。完璧な台本のように素晴らしいエレメントが多く、それでいて誰にでも理解できる明確で自然な一本の筋書がある。今回のプログラムの中では、レチタティーヴォやフーガが表す心情に寄り添って、ただただ物語を辿るような時間が味わえたら、とても幸せです」
取材・文:飯田有抄
(ぶらあぼ2020年7月号より)

浜離宮ランチタイムコンサートvol.199 北村朋幹ピアノ・リサイタル
2020.8/28(金)11:30 浜離宮朝日ホール
問:朝日ホール・チケットセンター03-3267-9990 
https://www.asahi-hall.jp/hamarikyu/