福間洸太朗 (ピアノ)

キーワードは『五輪書』

 ニューヨーク・デビューリサイタルから10周年を迎えた福間洸太朗。この節目の年、彼に第39回日本ショパン協会賞が贈られた。11月20日には『バラードの音魂(おとだま)〜ショパン作品集』と題する新譜もリリースする。
「ショパンの作品は数ヵ月弾いていないと『何かが足りない』と感じるほど、僕にとって大事なものです。コンサートやCDで披露するなら単に『喜ばれるから弾く』というのではなく、僕なりのコンセプトを固め研究を積んでから世に出したいという想いがありました」
 このアルバムで福間が中心に据えたのはバラード全4曲である。
「バラードは特異な存在です。彼はシューマンやリストと違い、音楽に文学の世界を持ち込むことをあまり良しとしていなかった。ところが、ポーランド人ミツキェヴィチの詩から霊感を受けたショパンは、器楽曲として初めてバラード(=物語詩)を書いた。そこにはショパンの抱いていた深い哀しみや痛み、うちに秘められた様々なメッセージが劇的に表出されていると感じます。バラードについての論文も読みましたが研究者も同じように感じているようで、ますます興味を持ちましたね。とくに第4番は内容が深く、音楽的に複雑で、感情の起伏がうねるように押し寄せてきます」
 アルバムは4つのバラードと近い年代に書かれたポロネーズ、ワルツ、ノクターンも収録。「ショパンは同時期にいかに表情の違う作品を書いていたかということも強調したかったのです」と熱く語る。
 12月にはバラード第4番、そして10年前にN.Y.デビューでも演奏したブラームスのソナタ第3番を含めたリサイタルを行う。タイトルは宮本武蔵の兵法の書にちなんだ《五輪書を読みて》。
「20歳の頃、演奏家としての道をどう歩むべきか悩んでいた時期に、父が勧めてくれたのが宮本武蔵の『五輪書』でした。『昨日の自分に勝つ』ことを説いたこの本は、ぶれない精神力・集中力の大切さを教えてくれました。この本を読んだ後、クリーヴランド国際コンクールに臨んで優勝し、それがN.Y.デビューにつながった。10年たった今読み返してみても、身体と精神の柔軟性の話や、『拍子』という言葉を使った刀の振り方などは演奏論としても役立ちます。今回のプログラムは五輪書の構成でもある土・水・風・火・空という五大元素をアイディアの源にしています」
 筋の通ったコンセプトとドラマ性に富んだ演奏。両者が織りなす福間ならではの舞台が楽しみだ。
取材・文:飯田有抄
(ぶらあぼ2013年12月号から)

★12月4日(水)・東京文化会館(小)
問 東音企画03-3944-1581
http://www.to-on.com

【CD】『バラードの音魂(おとだま)〜ショパン作品集』
日本コロムビア
COGQ-66(SACDハイブリッド盤)
¥2940