加耒 徹(バリトン)

厳選したイギリス・ドイツの歌曲で魅了する1時間

C)Hiroki Watanabe
 オペラや歌曲のステージで、いま最も注目される邦人バリトンの一人が福岡県出身の加耒徹である。彼の歌を聴くたびに驚かされるのが、引き締まった体躯から溢れ出る「抜群の声の潤いと厚み」。7月に出演予定のHakuju Hall「リクライニング・コンサート」に向けて、じっくり語ってもらおう。

「一時期、からだを大きくしようと努力もしましたが、結果的に声には逆効果だったようです。そこで、『今の身体で最も声が響く場所を見つけることが必要』と思い直しました。ただ、こう見えても一応、大人の適正体重よりは重いのですよ(笑)。あくまでも、心地よく音楽と歌詞を表現できる響きになるよう気をつけています」

 冷静に語り始めた加耒。歌の道を志したきっかけは?

「小さい頃からヴァイオリンを習い、中高一貫の男子校ではブラスオーケストラ部に入り、サックスやオーボエなど経験しました。パート譜の写譜にハマり、音楽にかかわる仕事に就きたいと思いましたが、ヴァイオリンにいささか限界を感じてしまい、母が声楽家であったことで歌に目が向きました」

 ただし、音大受験前は、人前で歌うことが恥ずかしくてしょうがなかったという。

「そうなんです。でも、クラシックの場合、その恥ずかしさを超えるほどのエネルギーで声を出さなくてはいけないので、吹っ切って歌う喜びも徐々に感じるようになりました。東京藝術大学に入ってからは学生券でオーケストラの公演に通い続け、歌では主にドイツ歌曲を学びつつも、皆がやらないような曲に手をつけるのが好きで、ロシア歌曲やイギリス歌曲も率先して選びました。師匠の勝部太先生にも、私が自由に選ぶ曲も交えてご指導いただくことができました」

 その独自の選曲眼が、7月のプログラミングにも露わに。

「これまで何度かHakuju Hallで歌わせていただき、素晴らしい音響のもと、無理なく声が届くところだと実感しました。言語が違うとアクセントの付き方も違い、それが和声やリズムに大きな変化をもたらしますから、いろんな国の芸術歌曲を歌いたいところですが、今回は1時間のプログラムなので、いまの私の核であるイギリスとドイツの歌曲に絞ってお届けします。
〈グリーンスリーヴス〉のようなブリテン編曲のイギリス民謡では、どこか懐かしさと不思議さを感じていただけるのではないでしょうか。ドイツものではシューマンやシューベルトのリートを歌います。なお、ピアニストの松岡あさひさんとはもう十年来のお付き合いでして、ご一緒したレパートリーはおそらく500曲を超えていますが、今回はさらに、初めて歌う曲をたくさん入れました。リハーサルを重ねて、二人の呼吸を合わせていきたいです」

 歌曲とともにオペラにも精力的な加耒。秋にはドニゼッティの《ランメルモールのルチア》の大舞台が控えている。

「イタリアものではバロック時代の曲をよく歌ってきましたが、19世紀前半のオペラはあまり挑戦してこなかった分野なので、とても楽しみにしています…でも、まずは、世界中で猛威をふるっているウイルスが、一日でも早く終息に向かうよう祈り、健康第一に過ごしたいですね。元気に、生の音楽を皆様と共有できる日が7月には戻ってくることを心から願っております」
取材・文:岸 純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ2020年6月号より)

*新型コロナウィルス感染症の感染拡大を考慮し、本公演は中止となりました。なお、来年以降の実施に向けて再度調整中です。(6/2主催者発表)
詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。

第156回 リクライニング・コンサート
加耒 徹 バリトン・リサイタル
2020.7/8(水)15:00 19:30 Hakuju Hall 
問:Hakuju Hallチケットセンター03-5478-8700 
https://www.hakujuhall.jp
*発売情報の詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。