美内すずえ(漫画家)× 小林沙羅(ソプラノ)

あの阿古夜が歌う! 絶大な人気を誇る名作少女マンガがオペラ化された!!

 日本オペラ協会が2020年初春に放つスーパーオペラ《紅天女》。大ヒット少女マンガ『ガラスの仮面』の作中劇として知られるこの作品のオペラ化が発表されるや、オペラ界のみならず、ミュージカル・ファンやマンガ・ファンからも熱い視線を浴びている。『ガラスの仮面』原作者であり、オペラの脚本・監修も手がける美内すずえは、キャストのオーディションにも参加、また衣裳や装置についてもアイディアを出すなど、並々ならぬ意欲を持って臨んでいるようだ。
「漫画家というのは一人で行う作業の多い、とても孤独な仕事です。でも舞台は、それぞれのジャンルで優秀な才能を持った人たちが集まって、話しながら創り上げていくもの。今はそのプロセスを楽しんでいます」

美内が『紅天女』をオペラに、と初めて思ったのは、実は20年ほど前にプッチーニのオペラ《トゥーランドット》を観た時だという。
「その時なぜかふっと、『紅天女』をオペラにしたら面白いかも、と思ったんです。でもそれはそのまま忘れてしまった。その後、2000年に友人の日本舞踊家から『紅天女』を踊りたいという申し出があって、寺嶋民哉さんに作曲をお願いし、その中の曲を郡愛子さん(現・日本オペラ協会総監督)に歌っていただきました。このときの曲は、17年に『ガラスの仮面』連載40周年記念の展覧会を開催した時に、記念品として限定1000枚をCDにしました。郡さんに送ったところ、オペラ化のお話をいただき、そういえば、と昔のことを思い出し、二つ返事でOKしました」

『紅天女』は、国が分かれて争いの絶えない南北朝時代、千年の梅の木の精・紅天女が乗り移った不思議な少女・阿古夜と、世の平安のために天女像を彫ろうとする仏師・一真の恋物語。主役の阿古夜/紅天女を演じる小林沙羅は、「まるでワーグナーの《リング》のように壮大なオペラ」と語る。
「登場人物それぞれが様々な物語を背負っている、とても壮大な作品です。全部を描いたら四部作ぐらいになりそうで…(笑)。私が演じる阿古夜と紅天女に与えられているのは、物語の中で重要な内容を歌う曲ばかりなので、どこに重点を置くか、などメリハリのある表現を模索しています」

10歳の時から日本舞踊やバレエを習い、坂東玉三郎主宰の演劇塾に所属するなど「舞台」に憧れを持っていたという小林。もちろん『ガラスの仮面』の愛読者であり、この役に対する思いも強い。
「阿古夜/紅天女は単純に二役というのではなく、時には阿古夜から紅天女へと意識が移っていく途中の状態だったり、また恋をした阿古夜の心が逆に紅天女に影響を及ぼしたり、とても難しい役です」

梅の精から人間へ、また人間から梅の精へと意識が変容していく様を表現する役というのはオペラではなかなかみられないが、そもそも美内が『紅天女』という作品に込めた思いは、どんなものなのだろうか。
「天女というと、誰もが優しくて美しくて、というイメージを持つと思いますが、果たして本当はどんな存在なのだろうか、という問いかけがあります。仮に太古の昔から地球の生命を育ててきた神様がいるとしたら、今の人間社会を見てきっと怒ると思う。『紅天女』は、そんな目に見えない存在の意思を描こうとしています」

この世ならざるものの意思と、この世に生きる人間の業や欲望が交錯する世界。考えてみればオペラにするのにこれほどうってつけの題材はないのではないか。今回は06年に能『紅天女』を初演した能楽師・梅若実玄祥が特別演出振付として参加。また、「神降ろしの笛」といわれる石笛の世界で唯一のプロ演奏家・横澤和也にも美内が自ら演奏を依頼した。
「石笛はとても周波数の高い音で、耳で聴く、というより体に直接響いてくるような音色。劇の冒頭、目に見えないものの流れをこの石笛で作り出していただこうと考えています」

これまで日本オペラ協会は様々な歴史的題材に取り組んできたが、現代にも通じる普遍的なテーマを持ったこのスーパーオペラ《紅天女》が、日本オペラの歴史に新たな一ページを刻むことを期待したい。
取材・文:室田尚子 写真:青柳 聡
(ぶらあぼ2020年1月号より)

Profile
美内すずえ

16歳の時、『山の月と子だぬきと』が集英社『別冊マーガレット』で金賞を受賞し、高校生漫画家としてデビュー。1976年から連載の『ガラスの仮面』(白泉社)はベストセラーとなり少女漫画史上、空前のロングセラー作品として、各界から絶大な支持を受け、TVアニメ化、ドラマ化、舞台化される。その他、主な作品に『アマテラス』『妖鬼妃伝』『黒百合の系図』などがあり、幅広い層に愛読者をもつ。1982年度 講談社漫画賞、1995年度 日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。

小林沙羅
東京藝術大学大学院修了。2010〜15年欧州にて研鑚。東京芸術劇場、新国立劇場等に出演。12年ブルガリア国立歌劇場《ジャンニ・スキッキ》ラウレッタで欧州デビュー。17年藤原歌劇団《カルメン》ミカエラ、19年全国共同制作オペラ《ドン・ジョヴァンニ》ツェルリーナ、日生劇場《ヘンゼルとグレーテル》グレーテル等に出演。19年英国にてリサイタル開催。新譜『日本の詩』(日本コロムビア)を11月にリリース。第27回出光音楽賞、第20回ホテルオークラ賞受賞。藤原歌劇団団員。


Information
日本オペラ協会公演 日本オペラシリーズNo.80
スーパーオペラ 歌劇《紅天女》(全3幕・新作初演)


2020.1/11(土)、1/12(日)、1/13(月・祝)、1/14(火)、1/15(水)各日14:00
Bunkamura オーチャードホール

原作・脚本・監修:美内すずえ 作曲:寺嶋民哉
演出:馬場紀雄 特別演出振付:梅若実玄祥
指揮:園田隆一郎 管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団 合唱:日本オペラ協会
石笛:横澤和也 二十五弦箏:中井智弥

配役
阿古夜 × 紅天女:小林沙羅(1/11,1/13,1/15) 笠松はる(1/12,1/14)
仏師・一真:山本康寛(1/11,1/13,1/15) 海道弘昭(1/12,1/14)
帝:杉尾真吾(1/11,1/13,1/15) 山田大智(1/12,1/14)
伊賀の局:丹呉由利子(1/11,1/13,1/15) 長島由佳(1/12,1/14)
楠木正儀:岡 昭宏(1/11,1/13,1/15) 金沢 平(1/12,1/14)
藤原照房:渡辺 康(1/11,1/13,1/15) 前川健生(1/12,1/14)
長老:三浦克次(1/11,1/13,1/15) 中村 靖(1/12,1/14) 他

問:日本オペラ振興会チケットセンター03-6721-0874
https://www.jof.or.jp
https://www.jof.or.jp/performance/2001_kurenai