バッハとピアソラ、それぞれの光と影
とあるプロデューサーの提案で実現した初共演から2年。ヴィオラの赤坂智子とアコーディオンの大田智美による話題のデュオが今春、待ち望まれていたCD『キアロスクーロ─陰影─』を発表した。
「一緒に演奏していると自分の音とアコーディオンの音の区別が分からなくなる瞬間があるんです」と語るのは赤坂だ。まったく仕組みの異なる楽器であるにもかかわらず、その相性の良さは想像以上。アルバム前半にはヴィオラ奏者でもあったフランツ・ヨーゼフ・バイヤー(あのモーツァルトのレクイエム「バイヤー版」の校訂者!)と細川俊夫のアレンジによるバッハの6つのコラールを収録。オルガンとヴィオラ・ダ・ガンバのようなサウンドを基調にしつつ、柔らかく陰影豊かなニュアンス付けが施され、古さと新しさを兼ね備えた新鮮なバッハ像を描き出す。
一方、後半のピアソラでは両者ともに敬愛するあのイタリアの名歌手ミルバからの影響が強いようだ。
「いろいろなピアソラの録音を聴いたのですが、結局印象に残っているのは昔から好きだったミルバでしたね。様々な要素が混じっていて、上品でも下品というわけでもない。まさにアルバムタイトルのキアロスクーロ(陰影)という感じ。西洋版の美輪明宏とでもいいますか(笑)」と赤坂が語れば、大田は「おこがましくはあるのですが、イメージとして赤坂さんがミルバ、私がピアソラだと思いながら演奏していました(笑)」と返す。
CDのラストを飾るミルバお得意のレパートリー「チェ・タンゴ・チェ」で、赤坂がミルバの歌唱をどうヴィオラに翻訳したのかにも注目されたい。そして本盤の白眉となるのが、本来はフルートとギターのために書かれたものの、様々な楽器によってカバーされている「タンゴの歴史」だろう。原曲のイメージにとらわれすぎないことで、この作品の新たな側面を照らすことに成功した。
「ピアソラをバンドネオンではなく、アコーディオンで弾くことへの葛藤はあります。あの音はこの楽器では出ないですし、あそこに近づけたいという思いはありつつも、逆にバンドネオンに出来ないこともあるんです。アコーディオンの良い部分をピアソラのなかで活かせれば…」という大田の姿勢によって、クラシック音楽の演奏家によるピアソラ・カバーのなかでも屈指の名盤がうまれたのだ。
「引き続きピアソラのレパートリーは増やしつつ、今後は作品の委嘱もしていきたい」と意気込む二人には、末永い活動を期待したい。
取材・文:小室敬幸
(ぶらあぼ2019年6月号より)
CD『キアロスクーロ─陰影─』
日本アコースティックレコーズ
NARD-6010
¥3000+税