すみだ平和祈念音楽祭2019

5つの公演で平和への祈りを捧ぐ


 現在の墨田区の一帯は関東大震災、そして東京大空襲と前世紀に二度、焼け野原になっている。いまは賑やかな錦糸町駅の周辺でも多くの人が亡くなった。平和とは皆が力を合わせ絶えず築き保ち続けていかなければならないもの――この記憶と教訓を後世に伝えていくことは、あらゆる世代の責任であろう。
 東京大空襲のあった3月に毎年行われている「すみだ平和祈念音楽祭」は、同地の文化拠点すみだトリフォニーホールにとって、一年で最も重要なフェスティバルだ。今年は3月2日から13日まで5つの公演で、平和への祈りを捧げる。

“ポスト・クラシカル”の騎手、マックス・リヒターの音楽を特集

 今年の大きな話題は、クラシックから出発し、ポップスやエレクトロニクスなど、私たちの日常に浸透した音楽を自在にミックスしてヒットアルバムを連発、映画音楽でも活躍するマックス・リヒターの来日だ。
 リヒターはドイツ生まれの英国人。ベリオにも学んだが、初期の経歴で興味深いのはライヒやライリーらミニマル・ミュージックへの傾倒だろう。シンプルなリズムパターンと和声の反復により、聴き手を静かなるトランス状態へと誘う。ミニマルな基本スタイルにノイズや電子音、録音された日常音などを重ね、短いナンバーをポップス・アルバムのようにつないでいくことで、刻々と移り変わっていく現代社会の現実と、聴き手の情緒・気分の振幅を巧みにとらえ、統合した。

 今回は数多のヒット作から選りすぐった、“ザ・ベスト・オブ・リヒター”が3日間にわたって紹介される。まず、ボザール・トリオを支えたヴァイオリニストで、近年はマルチに活躍するダニエル・ホープを迎え、「リコンポーズド・バイ・マックス・リヒター〜ヴィヴァルディ『四季』」(3/2)。誰もが知っているあのメロディがモダンに装いを改め、軽やかなダンス・ステップで登場する。大都会の季節感をとらえたハイパー・クールなヴィヴァルディだ。

 3月5日の「クリスチャン・ヤルヴィ サウンド・エクスペリエンス2019」はミニマル音楽ならこの人、スポーティーなタクトが魅力のクリスチャン・ヤルヴィ指揮で「メモリーハウス」(日本初演)。哀しく、どこか懐かしさを湛えたメロウな旋律が、私たちの記憶に積もったほこりを少しずつ払っていく。
 3月9日は「ブルー・ノートブック」と「インフラ」(アジア初演)の2曲。前者の第2曲「オン・ザ・ネイチャー・オブ・デイライト」は映画『メッセージ』で用いられ、iTunesクラシック・チャート上でも1位を獲得した代表作。温かみのあるストリングスが心にひたひたと迫ってくるエモーショナルな音楽だ。
 2日と5日の公演の管弦楽は新日本フィルハーモニー交響楽団、9日はクロスオーバーな活躍を続けるアメリカン・コンテンポラリー・ミュージック・アンサンブル。5日と9日の公演にはリヒター自身も参加するなど、共演陣も豪華だ。

上岡&新日本フィル、ハーディング&マーラー・チェンバーも登場

 東日本大震災から8年にあたる3月11日にはトリフォニーを本拠地とする新日本フィルが、音楽監督の上岡敏之と祈る。コダーイ「ガランタ舞曲」、ドヴォルザーク「新世界より」はいずれも民族の心をワールドワイドに歌う。2000年生まれで17年の日本音コンの覇者、吉見友貴がプロコフィエフの「ピアノ協奏曲第3番」で見せる切れ味にも注目だ。
 3月13日には緻密なアンサンブルで知られるマーラー・チェンバー・オーケストラが、首席や音楽監督を経て現在は終身桂冠指揮者に迎えられているダニエル・ハーディングと共に、ブルックナー「ロマンティック」で大自然への賛歌を捧げ音楽祭を締めくくる。ハーディングといえば東日本大震災当日、都市機能が混乱する中、トリフォニーに集まった105人の聴衆のためにマーラーを演奏した伝説的エピソードを思い出す。今回はマーラー・チェンバー管がハーディングの四肢と化して、祈りを客席に届けてくれるだろう。
文:江藤光紀
(ぶらあぼ2019年2月号より)

ダニエル・ホープ & 新日本フィルハーモニー交響楽団 
2019.3/2(土)15:00
クリスチャン・ヤルヴィ サウンド・エクスペリエンス2019 
2019.3/5(火)19:00
マックス・リヒター 
2019.3/9(土)18:00
上岡敏之 & 新日本フィルハーモニー交響楽団 
2019.3/11(月)19:00
マーラー・チェンバー・オーケストラ 
2019.3/13(水)19:00
すみだトリフォニーホール
問:トリフォニーホールチケットセンター03-5608-1212 
https://www.triphony.com/