モーツァルトのアンダンテに潜む哀愁と陰影
フランスの古都ランスのシャンパン王シャルル・エドシック家に生まれたエリック・ハイドシェックは、粋で洒脱で色彩感に富む個性的なピアノを奏でることで知られる。
「確かに恵まれた子ども時代を過ごしましたが、私の時代は戦争があった。その苦難はいまでも忘れられません。明るく見える曲でも楽譜の裏に秘められた影や暗い部分を読み取るようになったのは、この経験があるからです」
こう語るハイドシェックは、6歳のときに偉大なピアニスト、アルフレッド・コルトーに才能を認められ、ピアノを始める。
「コルトーも作品が内包する影を愛し、ほの暗い表現が好きでした。ですから私も作品に潜む哀愁や陰影を表現することを好みます」
初来日から50周年という記念の年を迎え、3年ぶりとなる今回の来日公演は、ハイドシェックが「いま一番弾きたいプログラム」という、モーツァルトのピアノ協奏曲第21番の第2楽章や、第12番の第2楽章など、モーツァルトのコンチェルトの第2楽章を中心に構成されている。これらの緩徐楽章は得も言われぬ美しい旋律と憂愁と悲哀の表情が含まれ、ゆったりとしたテンポで語りかけるように奏される。80歳を超えてなお、自由闊達で情感あふれるピアニズムを披露するハイドシェックの真価が発揮されるだろう。
共演は盟友の田部井剛指揮カメラータ・ジオン。タペストリーのように一音一音にこまやかな感情を込めて織り込んでいくハイドシェックのピアノにオーケストラが寄り添い、心に染み入る音楽が生まれるに違いない。
文:伊熊よし子
(ぶらあぼ2018年6月号より)
2018.7/8(日)15:00 東京文化会館(小)
問:コンサートイマジンチケットセンター03-3235-3777
http://www.concert.co.jp/