松本美和子(ソプラノ)

女性の心理をリアルに描くプーランクの傑作を演じる

 別れを切り出した男に電話口で縋りつく女――恋にすべてを捧げる者なら、彼女の気持ちは痛いほど分るだろう。詩人コクトーの独り芝居をオペラ化した《人間の声》(1959)は、プーランクの人気作。世界的な名声を有するソプラノ松本美和子が、今回、改めてこの傑作に挑む。ピアノは椎野伸一が務める。
「《人間の声》は50分弱の小品ですが、一人で歌い続けるモノオペラですからそれは心理的に大変です。2011年に初めて歌った時、演出家の栗山昌良先生が、俳優さんが語るプロローグを付けて下さり、『ライフワークとして毎年歌えるよう修練を』と念押しされたので、素晴らしいピアニストの椎野さんと一緒に年々上演してきました。でも、毎回が本当に挑戦よ。生半可な気持ちでは出来ないの。感情がとても揺れ動くし、言葉数も多い…《ラ・ボエーム》のミミより100倍難しいかもしれません(笑)。ただ、プーランクが言葉の意味と抑揚に合わせて曲を付けていますから、イントネーションに慣れてくるとだんだん仕上がっていきますね」
 確かに、男を引き留めようと女は必死なのだから、歌い手も並大抵のエネルギーでは表現出来ないだろう。
「そうね。コクトーの台本も見事です。彼は男性なのにここまで女の心理が分かるのは驚き。狂おしいほどの苦しさの中にいる主人公は憐れですよ。ただ、この女性は私自身とはちょっと違います。だから、練習中に思わず『貴女、そんなこと言ったらお終いでしょう!』と言いたくなったりね(笑)。でも、いざ本番となれば、オペラの中に私も入り込み、彼女の心で最後まで歌えてしまいます」
 ローマに留学し、イタリアのみならずロンドンやウィーン、ミュンヘン、シカゴなど世界中で歌い続けてきた松本。《蝶々夫人》などイタリアものの当たり役が多いが、実はフランス・オペラも大切な柱である。
「1972年の歌劇場デビューもローマでの《カルメン》のミカエラでしたし、その前にアンダースタディを務めたのが《ファウスト》。フレーニ、ギャウロフ、ゲッダが勢揃いして指揮はプレートルだったのでなんとも贅沢な舞台でした。こうした名歌手たちの練習姿を間近で見て学びましたし、トリエステでA.クラウスと《真珠とり》をご一緒出来たのも良い想い出です。珍しいものでは、ロンドンでマイヤーベーアの《アフリカの女》にバンブリー、ボニソーリなどと出演しました。私の歌手人生は、素晴らしい人々との出会いで成り立っていると思います。11月のこの公演、前半ではプーランクの歌曲も歌います。ぜひお越し下さい」
取材・文:岸 純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ2017年11月号から)

松本美和子プーランクの世界 モノオペラ《人間の声》 他
2017.11/25(土)14:00 Hakuju Hall
問:ジャパン・アーツぴあ03-5774-3040 
http://www.japanarts.co.jp/