アーティストたちが証言するマエストロの卓越した芸術性
8月のバイエルン国立歌劇場はひっそりと寝静まっている。6月24日から7月末まで続いたミュンヘン・オペラ・フェスティバルでは、キリル・ペトレンコ指揮《タンホイザー》が披露され、「Oper für alle (皆のためのオペラ)」と名付けられた、大スクリーンに映し出される舞台を誰もが楽しめるイベントが開催され大成功を収めたほか、日本公演のためのブラッシュアップとして《魔笛》(アッシャー・フィッシュ指揮)も2公演行われ観客を楽しませた。今は皆、日本行きの準備を進めながら充電中であろう。
今回の一行を率いる3人のトップ、バイエルン国立歌劇場総裁のニコラウス・バッハラー、同劇場音楽監督のキリル・ペトレンコ、指揮のアッシャー・フィッシュには、特別な結びつきがある。1995年からウィーン・フォルクスオーパーの首席指揮者を務めていたフィッシュは、ペトレンコがウィーン国立音楽大学の卒業試験で振った《ドン・ジョヴァンニ》を聴いてすぐ、ぺトレンコをフォルクスオーパーに呼んだ。そして96年からフォルクスオーパーの総裁を務めていたバッハラーは、97年に第一カペルマイスターとして同劇場に入ったペトレンコの実力に即座に気付き、機が熟した2013年にバイエルン国立歌劇場の音楽監督に抜擢した。このように20年前から互いに惹き付けられていた3人が力を合わせて日本公演を担う。
現地メディアが「大の無口男がベルリン・フィル次期首席指揮者に」というタイトルで報じたように、ペトレンコはメディアに登場することを「時間の無駄」と切り捨てる。しかし、現場からの声に、彼の人格に否定的な意見を聞いたことは一度もない。バッハラー総裁は「頭脳明晰で感情豊か、ユーモラスですらあるが、指揮者としては真面目で向上心に取り憑かれている」と評価する。先輩指揮者のフィッシュも「音楽監督としてのペトレンコとの仕事は有意義だ」と満足感を漂わせる。楽団員達はペトレンコの、常に上を目指す飽くなきエネルギーに脱帽し、情熱をもって彼の棒についていく。合唱も、彼の細部まで研ぎすまされた要求を実現すべく神経を遣い、その精巧な仕上がりを実感する。ソリスト達も彼との共演を望み、長年いくつものオペラを彼の下で歌っているモイツァ・エルトマンは「現在最高の指揮者」と目を輝かせながら「音楽至上主義だが、こちらのどんな提案にも耳を傾けてくれる」と語る。
メディアに割く時間も惜しみ、音楽に彼の全てを捧げているのだろう。その「ペトレンコの全て」が、オーケストラピットから香しく立ち上って劇場中を包み込むオペラも、舞台上で愛撫するようにフレーズを紡いだり、情熱を炸裂させたりするコンサートも、両方を日本にいながらにして体験できるのは嬉しい贅沢だ。
文:中 東生(音楽ライター/在チューリッヒ)
【公演情報】
バイエルン国立歌劇場 2017年日本公演
ワーグナー:歌劇《タンホイザー》(全3幕)
9/21(木)、9/25(月)、9/28(木)各日15:00 NHKホール
指揮:キリル・ペトレンコ
演出:ロメオ・カステルッチ
管弦楽:バイエルン国立管弦楽団
合唱:バイエルン国立歌劇場合唱団
予定される主な配役
領主ヘルマン:ゲオルク・ゼッペンフェルト
タンホイザー:クラウス・フロリアン・フォークト
ウォルフラム:マティアス・ゲルネ
エリーザベト:アンネッテ・ダッシュ
ヴェーヌス:エレーナ・パンクラトヴァ
入場料
S¥65,000 A¥59,000 B¥54,000 C¥42,000(D以下は完売) 学¥8,000
問:NBSチケットセンター03-3791-8888
http://www.nbs.or.jp/