ロックバンド「くるり」の岸田繁が「交響曲第一番」を書き上げ、この12月に広上淳一指揮京都市交響楽団(以下、京響)により世界初演される。この異色の企画、そもそもどのような経緯でスタートしたのだろうか?
岸田(以下 K)「京響のチーフマネージャーの柴田さんから『オーケストラ作品を書いてみませんか?』とお話をいただいたのがきっかけです。本業は違うタイプの音楽をやっているのですが、ずっとやりたかったことなのでお引き受けしました。また、京響は京都出身の僕にとって、小さい頃から聴いている親しみのあるオーケストラです。今まで、映画の劇伴などで管弦楽を使ったものは少し書いていましたが、このような長尺のものは初めてです」
広上(以下 H)「私自身『くるり』は存じ上げていたのですが、娘のほうが詳しかったですね。私のラジオ番組に岸田さんに出演してもらって、彼の音楽を流したりしているうちに、すっかりファンになってしまいました」
デモを聴き、譜面を読んだ広上は岸田の作品に驚きを覚えたという。
H「簡単に言ってしまうと、もう凄いです。ストラヴィンスキーやマーラー、バルトークといった作曲家の片鱗のようなものも感じられるのですが、岸田さんのオリジナルな部分が本当にいいですね。岸田さん自身のイメージの中から音を作って組み立てていると思うのです」
新作は5楽章の大曲だ。
K「僕は一番食べたいものを先に決めて、それを食べながら他のものを注文するタイプなので、最初から5楽章にするとは決めていませんでした。コントラファゴットも入った大きな編成で、演奏時間が50分くらいになりそうです。作曲中によく聴いていたのがセル&クリーヴランド管のバルトーク『管弦楽のための協奏曲』。あの“1,2,3,4”ではなく“1,2,3,4,5”でちょっと“ウォーン”って入って“ボワー”となり、また“ウォーン”となっていく、あの感じが凄く好きですね」
岸田のクラシックの趣味は実に幅広い。
K「子どもの頃、父がチャイコフスキーやリムスキー=コルサコフといったロシアものやベートーヴェンをよくかけていたので、それを自然と聴いていました。『第九』では第2楽章が特に好きですね。バルトークもそうですが、それに加え、ショスタコーヴィチ、マーラー、そしてヴィラ=ロボスなんかも好きです。ビゼー、ハイドン、ライヒも聴きます」
「くるり」とクラシックといえば、ウィーンで現地のクラシック奏者と録音したアルバム『ワルツを踊れ Tanz Walzer』(2007)がある。ウィーンで岸田は、アーノンクール&ウィーン・フィルの演奏を聴き『メガトン級の衝撃』(『くるりのこと』くるり+宇野維正 著/新潮社刊より)を受けたそうだ。
K「有名な楽友協会の金ピカのホールの、かなり前の席で聴きました。モーツァルトの交響曲40番と41番『ジュピター』だったのですが、もう、もの凄かったです。“昨日までラーメンしか食べてなかったのに、こんな豪華で美味い料理があるなんて!”といった感じでしたね。レゲエでもテクノでもなんでも好きですが、この演奏を聴いて“オレ、こっちやったんだ”と感じました。それから、現地でゲルギエフ指揮でショスタコーヴィチの交響曲4番という強烈なやつも聴きました」
H「凄い感性ですよね。アーノンクールという、ある意味非常にマニアックな世界の指揮者を好きになるなんて。理屈ではなく“感じる力”が強烈なんだと思います。それに、アーノンクールの後がゲルギエフのショスタコなんて、“ヘビの生殺しの料理”の次に“ライオンとトラの活き造り”を食べるような感じではないでしょうか」
このウィーン滞在では、『ワルツを踊れ』で管弦楽のアレンジをしてくれた、ウィーン交響楽団の打楽器奏者フリップ・フィリップとの貴重な出会いもあった。
K「彼に今回の交響曲を少しずつ聴いてもらっていました。かなりダメ出しされましたが、ときどき金言もくれたりするので、自分の中では彼の背中をみながら作品を書いていたという感覚があります」
演奏会の第一部『岸田繁 with 京都市交響楽団』はどのような構成なのだろうか。
K「交響曲より小編成のオーケストラで、僕が編曲した『くるり』の曲を組曲形式で演奏します。僕は1曲だけオーケストラをバックに歌う予定です」
広上は今回の企画にある願いを託している。
H「この企画が、『ぶらあぼ』読者や、クラシック音楽業界の人たちに対して、クラシックの音楽家もロックバンドの音楽家も基本的に垣根はない、という一つのデモンストレーションになればいいと思ってます。これだけの楽想を持った音楽家がたまたまバンドをやっている、こういうバンドが好きな音楽家がたまたま指揮者をやっているという感覚。『くるり』のファンが『私たち、クラシックのコンサートに行ってもいいんだ』と思ったり、クラシック音楽ファンが『くるりって面白そうだから、今度聴きにいってみよう』といったようになってくれればいいですね」
取材・文:大塚正昭 写真:寺司正彦
(ぶらあぼ2016年12月号より)
京響プレミアム 岸田繁 交響曲第一番 初演
第一部 岸田繁 with 京都市交響楽団 第二部 岸田繁「交響曲第一番」
出/岸田 繁(作曲/ヴォーカル) 広上淳一(指揮) 京都市交響楽団
12/4(日)16:00 ロームシアター京都 メインホール(完売)
問:YUMEBANCHI 06-6341-3525
12/6(火)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
問:HOT STUFF PROMOTION 03-5720-9999