取材・文:榊原律子(音楽ライター)
ーーオペラのレパートリーは70役以上お持ちだそうですが、今回のマリインスキー・オペラ日本公演では《エフゲニー・オネーギン》のグレーミン公爵、《ドン・カルロ》の宗教裁判長役でご出演です。まず、グレーミン公爵についてお聞かせください。この役はペトレンコさんにとってどのような役でしょうか。
バス歌手の真価が問われる、とても重要な役です。私はこの役が大好きです。登場するのは第3幕前半だけ、ごくわずかな時間ですが、物語の中でとても大切な役割を果たします。アリアはたった1曲だけですが、そこにたくさんの思いを込めなければならない、非常に難しい役です。
ーーグレーミン公爵のアリアは、彼の人徳の高さを表すように、とても穏やかな音楽ですね。
そうです。グレーミンは高潔な貴族で、タチヤーナを心から愛しています。彼は戦争も経験し、裏切りも絶望も、愛を失うことも知っている。人生のさまざまな経験を経て、そしてついにタチヤーナという愛を見つけたのです。グレーミンのアリアは、自分の幸せをオネーギンに語りかけ、その幸せを彼と分かち合おうとしています。オネーギンとグレーミンは全く異なった性格を持つ、両極端なキャラクターです。それゆえドラマトゥルギーとして非常にうまくバランスが取れています。
ーー《ドン・カルロ》ではペトレンコさんはフィリッポ2世と宗教裁判長の2役をレパートリーにされていますが、今回は宗教裁判長としてご出演です。
グレーミンよりずっと前です。たしか15年くらい前にマリインスキー劇場でだったと思いますが、日本で上演するコルセッティ演出では、これまでほとんどフィリッポ2世として出演しました。フィリッポ2世と宗教裁判長は、全く違う役です。唯一の共通点は両方ともバスということ、それだけですね。
ーー今回のフィリッポ2世は名バス歌手のフェルッチョ・フルラネットさんです。
2008年にパリのオペラ座で、まさに《ドン・カルロ》で今回と同じ配役で共演しました。フルラネットさんのフィリッポ2世はすばらしいですから、とても楽しみです。
ーーラトルやバレンボイムなど世界的な指揮者と多く共演しているペトレンコさんですが、ゲルギエフの指揮で歌うときはどんな感覚なのでしょうか。
いつも歌いやすくて、とても居心地が良いです。マエストロも私もお互いをよく知っていますから、くつろいだ気持ちになるんですよ。たとえば、演奏会形式でオペラを上演するとき、マエストロは私たち歌手の背後で指揮していますが、それでも私たちは落ち着いてのびのびと歌えます。つまり、マエストロの指揮棒を見なくても意思の疎通ができるんですよ。
ーー世界の名歌劇場で活躍するペトレンコさんにとって、マリインスキー劇場はどのような存在ですか。
マリインスキー劇場の舞台に初めて立ってから来年5月で19年です。自分が歌手のキャリアをスタートした劇場ですし、生まれ故郷、家のような存在です。私や私の仲間たちはマエストロ・ゲルギエフに見出されてマリインスキー劇場に育てられました。私たちを信じて多くの本番の舞台を踏ませてくれて、名歌手との共演の機会も与えてくれました。さまざまな角度から私たちをサポートしてくれた劇場で、おかげで今の私があるのです。マリインスキー劇場は、生涯、私の中で特別な存在としてあり続けるでしょう。
マリインスキー・オペラ
ワレリー・ゲルギエフ(指揮) マリインスキー歌劇場管弦楽団&合唱団
《ドン・カルロ》
10/10(月・祝)14:00、10/12(水)18:00 東京文化会館
《エフゲニー・オネーギン》
10月8日(土)14:00 ロームシアター京都
10月15日(土)12:00、10月16日(日)14:00 東京文化会館
問:ジャパン・アーツぴあ03-5774-3040
公演の詳細は下記、マリインスキー・オペラ 来日公演2016公式HPでご確認ください。
http://www.japanarts.co.jp/m_opera2016