フェルッチョ・フルラネット〜《ドン・カルロ》フィリッポ2世役に向ける目線

 オーストラリアの音楽芸術専門誌『ライムライト』に掲載されたフェルッチョ・フルラネットのインタビュー。
文:クライヴ・パジェット 訳:高橋美佐 
(2015年7月12日『ライムライト』特集記事より抜粋)

 2015年の当記事発表時、フルラネット66歳。20代のころ、音楽の道に進むにあたり、プロとしての経歴はなかったもののその方面に造詣の深かった家族・親族の影響を語っている。自身もティーンエイジのころからポップスに馴染み、一時は学業を志すが、伯母の勧めで出会った名声楽教師エットレ・カンポガッリアーニに示されたオペラの世界に完全に魅了されてしまう。師の元でレッスンに専念し、1年後に初舞台を踏むことに。

ーー高速デビューだったのですね! お若いころ、ご自身のヒーローとして仰いだ歌手は?
 その頃も今も、私には尊敬してやまない二人の歌手がいます。一人はチェーザレ・シエーピ。彼のもつ地中海的な声は素晴らしい。またオペラ史上最高のドン・ジョヴァンニだと思います。プロになったばかりの頃、ドン・ジョヴァンニなどの演目が大好きでしたが、まさにシエーピが私をその方向に導いたのです。もう一人はボリス・クリストフですが、私は自身の2作品目の舞台で彼と共演したのですよ。それがまさに《ドン・カルロ》で、場所はトリノでした<訳注:1974年>。私の役は僧侶で、クリストフがフィリッポ2世です。彼には魅了され続けています。舞台上での驚異的な解釈と演技、そして圧倒的なヴォーカルテクニック。彼のその技量を、自分がロシア歌曲のリサイタルに取り組み始めたときにも再発見しました。クリストフはムソルグスキーのリーダー全曲を録音しています。自分もそれに取り組んでみて本当の意味で彼の偉大さが身にしみましたね。この二人が、私の歌手人生に無二の影響を及ぼしました。

ーーオペラ《ドン・カルロ》を初めて見た、あるいは聴いたのは、いつですか? ご自分でこの演目の舞台に立たれる前に、観客として見たことは?
 これもデビューしたころのことですが、当時はヴェネツィアの近くに住んでおりましたので、おなじシーズンの間に2箇所で《ドン・カルロ》に触れる機会に恵まれました。ひとつはヴェネツィア、もうひとつはトレヴィーゾの劇場です。ヴェネツィアではニコライ・ギャウロフが、トレヴィーゾではボナルド・ジャイオッティが<フィリッポ2世を>歌っていました。曲の美しさに完全に心を奪われました。彼らは二人とも、巨獣を思わせる声を持っていた。その直後にボリス・クリストフと同じ舞台で《ドン・カルロ》を歌う機会が訪れた。作品との馴れ初めとしては、これは、悪くなかったですよ!

ーーそのときのクリストフの姿で覚えていることは? また、これはいつか自分で歌うことになる役なんだ、と、思いましたか?
 この業界で生きようとするものは、最初から非常に高い志を持つものですが、でも当時の私は僧侶の役で一杯一杯でしたね(笑)。ですが、リハーサルの間一秒たりとも客席から動かずに、クリストフを見つめて吸収できることはすべて吸収しようとしました。ギャウロフでもジャイオッティでも、そしてシエーピでも、彼らを生で見る機会があれば同じようにそうしました。残念なのは、シエーピに関してだけ、フィリッポ2世役を見ていないのです。本来ならば、自分がアメリカのエージェントのオーディションを受けるためにウィーンに行く機会があったそのときに、現地でシエーピが《ドン・ジョヴァンニ》《ファウスト》そして《ドン・カルロ》で歌うはずだったのです。しかし彼は体調不良で全演目をキャンセルしてしまいました。
 のちにメトロポリタン歌劇場での私のデビュー<1980年>、<これが《ドン・カルロ》の>宗教裁判長役だったのですが、そのときのフィリッポがもう一人の素晴らしいバス歌手、ジェローム・ハインズだったのです。

ーーバス歌手の声を堪能するには素晴らしい作品ですが、しかしあなたにとって《ドン・カルロ》が特別な理由はなんなのでしょう?
 最大の理由は作曲家ヴェルディの音楽的成熟度です。非常な深みをみせ、まさに天国に近づく作品です。人物像への切り込みは、それ以前の作品にはない鋭さです。たとえば、《アッティラ》のような役と比べた場合、あれも非常に美しい役です、でも、違った意味での深さがあるのです。フィリッポ2世の役には千通りもの解釈が可能です。私自身、35年間も演じ続けて、どれほど変化し、また、どれほど異なる意図を込めてきたことでしょう。つい先日もウィーンでこの役を歌ったのですが、35年という年数に、すでに経験したプロダクションが再度巡ってくることもあるなかで、それにもかかわらずつねに発見がある・・・それは新たな色彩であったり、意図であったり、以前の自分なら思いつかなかったようなことが湧くのです。このオペラの偉大さはまさにその点でしょう。

C)N.Razina

C)N.Razina

ーー年月の経過によって変化した部分を、実際の例で話してください。
 フィリッポ2世を歌いだした初期のころは、けっして真似をしようとしたわけではなく(それはやり方として間違いであるばかりでなく実際役に立ちませんので)、ですが、ボリス・クリストフに近い解釈を試みました。彼のアプローチはドライで、厳格な君主という姿勢を最初から最後まで崩さないものでした。孤独の瞬間においてさえ、頑固な王以外の形は見せることがなかった。その姿はオペラを通して、ある意味怪物的でした。私はしかし、ヴェルディは、もしかすると実際の史実からは逸脱かもしれないけれども、音楽と台本を用いて、この、当時世界一強力だった男の孤独の瞬間、人間的側面、それを想像させる可能性を与えたのだと思うのです。歌手という職業では、色彩にコントラストをつけて描くことを要求されます。ですから、もしあなたが宗教裁判のシーンで強権を振りかざす王だったのなら、わたしは次の幕で、まったく違うページをめくってみるというのはどうだろう、と思うわけです。

ーーフィリッポ2世は、周囲の人間とつねに葛藤します。妻と、息子と、教会の宗教裁判所と。このなかでどれが彼にとってもっとも心痛む葛藤だったでしょうか?
 彼の息子がスペイン王後継者とは見做されていなかった点、これを明確にすべきです。あのフェリペ2世統治下のような王国は、君主にとって尋常でなく重責です。結婚については、史実を見る限り彼がそれほど不幸だったとは思えません、オペラはその点は曲解しています。しかし息子のほうの問題は大きかったでしょうね、自分の後継者として息子を見ることができないという事実が悩みの根源だっただろうと、私は思います。あの宗教裁判の壮大な場面で、彼が民衆の前で、あらゆる人々の前で真の怒りを見せる時のセリフ、あれは、彼が過去に一度も口にしたことがなかった思いを、ついに吐露する場面なのです。

ーー《ドン・カルロ》中、最も見応えがあるシーン、それはフィリッポ2世と宗教裁判長のあの丁々発止の対話であることは、誰もが認めるところです。あなた自身の感触ではどうなのでしょう?
 フェリペ2世があの当時、地球上で最大の権力を持っていた人物であることは揺るがぬ事実です。しかし彼は、教会の下位に位置していた。そしてカトリックの狂信者でした。マドリッド近郊のエル・エスコリアル修道院を私は訪ねたことがあります。彼がそこで使っていた部屋の、質実剛健な空間を見ました。寝室にひとつだけあるその窓からは、大聖堂の主祭壇が見えるようになっている。彼がどのようなタイプの宗教者であったか、これで理解できようというもので、そして心に訴えてくるこの二重唱の場面が、まさにその証言なのです。もちろんのこと、彼は教会権力を利用しました —- 忘れないでください、フェリペ2世統治下のスペインは、2回にわたって破産宣言を余儀なくされていますが、その1回はエスコリアル建造に莫大な費用を投じたからなのです。王はそのため敵と戦う際には教会を味方につけました、債権者との争いのためにも。しかし立場としては依然としてつねにその下位にあり、宗教裁判長は彼にとって、こう言っても差し支えないと思いますが、「父なる」存在だったのです。王の生死に関わる判断さえもできる立場の人物です — 言わずもがな、王の息子に対しても。

ーー役を理解する道を見つけるにあたり、手助けをしてくれたアーティストはだれでしょうか?
 たとえばクリストフやギャウロフのような人たちと同じ舞台に立てたこと、まさにこれは私には特権だったと言っても良いでしょう。しかし年月を経れば経るほど、素晴らしいプロダクションに関われば関わるほど(そのような価値ある現場は今日では少なくなってしまいましたが)、だんだんと私自身の見解が育ち、役の姿が明確になってきます。幸運にも、古式ゆかしいヴィスコンティ演出で歌う機会にも恵まれましたし、また、これは現在最高の演出と思っていますがウーゴ・デ=アナ氏の演出でも歌いました。私のザルツブルグでのデビューは、カラヤンとの《ドン・カルロ》です — カヴァーでの大抜擢でしたが — これも究極のトラディショナル・テイストでしたが、しかし、どの演出よりも美しかった。このようなすべての演出、そして偉大な演出家たち — ジャン=ピエール・ポネル氏のような — を通して、私は多くを学ぶ機会を得、そして新しく出会った発想が私自身のものとして消化されたのです。天才たちに囲まれて成長できたことは素晴らしい経験でした。



ーー演出家が、ある演出において、ドラマの凹凸をつけるために膨大な創造的労力を注ぎ込むであろうことは想像に難くありません。いっぽう、指揮者はどうなのでしょうか?レヴァイン氏とも、カラヤン氏とも<《ドン・カルロ》を>歌っていますね? ジュリーニ氏とも歌っていますか?

 ええ、もちろんご一緒しています。<ジュリーニ氏とは>一連の「ヴェルディ・レクイエム」のお仕事も、素晴らしいものでした。忘れることができません。彼は、他のどんな指揮者にもできないやり方で、あの傑作の楽曲をさらに研ぎ澄ましたのです。《ドン・カルロ》について言えば、ショルティ氏ともご一緒しました。しかしカラヤン氏は —- カラヤン氏だけは、異星人の次元でした! ここで名を挙げた偉大すぎるほど偉大な指揮者たちと比べてみても、やはりどうしても、カラヤン氏だけが別格ですね。

 カラヤン氏のもとでベルリン・フィルハーモニーが作り上げた音には、けして他にないものがあり、私はそれを忘れません。彼は、歌手の声をひじょうに大切にしました。オーケストラが終始、声を助けるように演奏したのです。イタリア語が堪能な人物で、じつに多くのことを語ってくれました。彼のもとでは、「ドン・ジョヴァンニ」のレポレッロ役も歌いました。2作品つづけて、歌唱と演技に関してカラヤン氏から教わったことは計り知れない。驚くべき指揮者でした。

ーー一般的な質問に移ります。バス歌手であるあなたにとって、歳をとればとるほど、素晴らしい役柄が目の前に拓(ひら)けてくるとお思いになりますか?
 私は幸運な条件で成熟したと思っています。今年<訳注:2015年>でデビュー41年になりますが、じっさい長い年月で、まだ第一線にいられることが驚きです。一緒に舞台に立った先輩歌手たち(ギャウロフ、クリストフ、シエーピ・・・)は皆、50代から60代にさしかかる年齢で、声の衰えのサインを・・・ええ、見せ始めていました。彼らは私の20年前の時代を生きていますが、いまは、いろいろな条件がよいのです。そしてこれは私のキーポイントですが、キャリアの最初の25年、このときを、モーツァルト作品に集中してよい過ごし方をしたためです。まったく、すぐれた薬品のようなものです。モーツァルトを歌いこなそうと思ったら、自身の喉にいちばん無理のない声の出し方をする必要があります。背伸びした声を出したり、クセをつけてみたり、その他、どんなごまかしも効きません。これを常備薬にしていたからこそ、現在の私はまだ大役に立ち向かうことができます — フィリッポ2世しかり、ボリス(・ゴドゥノフ)しかり、ドン・キショットしかり、です。そして、正直に申して、20年前の自分にはなかった、軽やかなコンディションでいま、仕事に臨んでおりますよ。

 フルラネットの語りのなかに登場する人物の名前を追い、その周辺情報を気にしてゆくと、あたかも1970年代後半からのオペラ・ワールドを俯瞰するかのような思いに駆られます。
 また、その人物たちの生没年をみてみますと、フルラネット本人の世代からはちょうど「父親」「年の離れた兄」だったのだということがわかりますが、その世代がどれほど才能豊かで輝いていたか、また、それら「巨匠」たちに、おそらくフルラネットは「最後のこども」を可愛がるような態度で大切に育てられた逸材であったのだろう、ということが判ります。
 そんなフルラネットが歌うフィリッポ2世。マリインスキー・オペラの最大の聴きどころです。
 ご期待ください。


ヴェルディ作曲《ドン・カルロ》
指揮:ワレリー・ゲルギエフ
管弦楽:マリインスキー歌劇場管弦楽団
演出:ジョルジオ・バルベリオ・コルセッティ

10月10日(月・祝) 14:00
10月12日(水) 18:00
東京文化会館

■予定される主なキャスト
フィリッポ2世:フェルッチョ・フルラネット
ドン・カルロ:ヨンフン・リー
ロドリーゴ:アレクセイ・マルコフ
宗教裁判長:ミハイル・ペトレンコ
エリザベッタ:ヴィクトリア・ヤストレボヴァ
エボリ公女:ユリア・マトーチュキナ
※キャストは変更になる場合がございます。最終的な出演者は当日発表となります。

■入場料(税込)
10月10日(月・祝)14:00
S=¥45,300 A=¥38,800 B=¥29,100 C=¥21,600 D=¥12,900
10月12日(水)18:00
S=¥43,200 A=¥36,700 B=¥27,000 C=¥19,400 D=¥10,800

マリインスキー・オペラ 来日公演2016公式HP
http://www.japanarts.co.jp/m_opera2016

〈歌曲(リート)の森〉 〜詩と音楽 Gedichte und Musik〜 第20篇  フェルッチョ・フルラネット(バス)
10年7日(金) 19:00 トッパンホール