初代芸術監督へのリスペクトを込めたアニバーサリー・プログラム
びわ湖ホール声楽アンサンブルは、設立後四半世紀を過ぎ、演奏も高水準となり、それとともにますます活動の幅が広がっている。3月には、25周年を記念する第78回定期公演と東京公演vol.14が開催される。「The オペラ!」と題して、記念演奏会に相応しい豪華なプログラムだ。
前半はヴェルディのレクイエム。演奏に90分近くかかる大作で、通常ならば一曲だけで、一晩の演奏会となる作品である。モーツァルトとフォーレに並ぶ三大レクイエムの一つだが、ヴェルディらしくひときわオペラティックに華やかに書かれている。その辺りが今回のタイトルと関係しているのだろう。「ディエス・イレ」(怒りの日)冒頭のド派手な音楽は、誰もがテレビなどで耳にしたことがあるはずの超有名曲である。この曲をはじめとして、通常のオケ版では、後期ロマン派の大オーケストラによるスペクタクルな音響が楽しめるが、ピアノ版は珍しい。それだけにこれは貴重な聴体験になるに違いない。というのも、晩年のヴェルディが書いた精緻な合唱書法は、通常は巨大なオケの音にかき消されて、よく聴こえないことが少なくない。ピアノ版でこその繊細な味わいを存分に楽しめるだろう。「レクイエム」の繊細な和声、「ラクリモサ」の優美な旋律の絡み、「サンクトゥス」の精緻な二重合唱フーガ、「リベラ・メ」の雄大な終結フーガなどを、びわ湖ホール声楽アンサンブルの最高水準の合唱で聴けるのはうれしい。またアンサンブルから選ばれたソリストによる独唱や重唱も大いに期待できる。
後半はブリテンのオペラ《小さな煙突そうじ屋さん》(演奏会形式)。この作品は、びわ湖ホールにゆかりがある。初代芸術監督の若杉弘が開館の1998年度「青少年オペラ劇場」の初回に、自ら訳詞を作り、沼尻竜典の指揮でびわ湖ホール声楽アンサンブルが日本語上演した。その後好評のうちに1999、2002、05年度と3回再演された。当時の演出を務めた中村敬一が構成を担当するのも意義深い。
ブリテンの原作は、1949年オールドバラ音楽祭で初演された。台本を書いたエリック・クロージャーは、ブリテンの名作「青少年のための管弦楽入門」の台本作者でもある。3幕のうち第1幕と第2幕は劇仕立てで、第3幕がこのオペラとなる。少年サムは煙突そうじ屋に売り飛ばされ、こき使われる。大きな屋敷の煙突に登らされ、泣いていると、屋敷の子どもたちやメイドがサムを助けだしてかくまう。様々な困難を乗り越えて、サムを無事故郷に帰してやる。ブリテンの弱者へのまなざしや、子どもの純真を慈しむ心が滲み出た佳作といえよう。
今回の目玉の一つは、ピアニスト・河原忠之が弾き振りをすること。河原は日本で指折りの名伴奏者であり、指揮者としても数々のオペラを成功に導いてきた。びわ湖ホールでの優れた仕事も多い。声楽の機微を知り尽くした指導と指揮ぶりと、オーケストラの多彩な響きをピアノで聴かせる見事な指さばきの両方を楽しめる機会は、とても貴重である。今から期待に胸が高鳴る。
文:横原千史
(ぶらあぼ2024年2月号より)
第78回定期公演
2024.3/23(土)14:00 びわ湖ホール 小ホール
東京公演vol.14
2024.3/24(日)14:00 東京文化会館 小ホール
問:びわ湖ホールチケットセンター077-523-7136
https://www.biwako-hall.or.jp/