訃報:中村 紘子氏

 ピアニストの中村紘子氏(本名:福田紘子)が、2016年7月26日午後10時25分、大腸がんのため自宅で死去した。7月25日に満72歳の誕生日を迎えたばかりだった。葬儀は近親者で行った。後日お別れの会を開く予定。

©Hiroshi Takaoka

©Hiroshi Takaoka

 中村氏は早くから天才少女ピアニストとして注目され、1960年、NHK交響楽団初の世界一周演奏旅行のソリストに当時16歳という若さで抜擢されデビュー、振り袖姿で世界を熱狂させた(*1)
 ジュリアード音楽院留学を経て65年には、マルタ・アルゲリッチが優勝した第7回ショパン・コンクールで日本人初となる第4位入賞。以後、日本のピアニストの代名詞となり、国内外のオーケストラとの共演、世界各国でのリサイタルなど、3800回を超える演奏会を通じて聴衆を魅了し続けてきた。
 レコーディングも活発に行い68年にソニー・レコードの専属第1号アーティストになって以来、50点余りの録音を残した。
 82年からはチャイコフスキー・コンクール、ショパン・コンクールなど数多くの国際コンクールの審査員を務め、94年から15年間にわたって浜松国際ピアノコンクールの審査委員長も歴任。「難民を助ける会」や日本赤十字などを通じてのボランティア活動にも積極的な役割を果たした。
 デビュー50周年を迎えた2009/10シーズンには80回を超える「デビュー50周年記念コンサート」を実施。2014年にデビュー55周年記念アルバムをリリース(*2)、15年1月には東京交響楽団と36年連続37回目となるニューイヤーコンサートに出演した。
 15年2月、初期の大腸がんと診断され、約2ヵ月間の休養を発表。3月の第19回浜松国際ピアノアカデミーオープニングコンサートで復帰し、6月に都内のホテルで開かれた記者会見では本格的な演奏活動に復帰すると宣言。「がん細胞とうまくつきあって、私自身はあと30年40年は生きそうな気がしているんです。若い世代の育成にも力をいれたい」と元気いっぱいに語ったが、再度8月から16年3月末まで治療に専念するため休養した。 
 16年4月4日には、日本パデレフスキ協会設立(*3)の記者会見に登壇。「身体がむずむずして、弾きたくてしょうがない」と元気に話し、4月30日の東京交響楽団(指揮・飯森範親)から演奏活動を再開することも発表、同公演でモーツァルトの協奏曲第24番を披露した。5月8日に兵庫県洲本市(淡路島)で行ったリサイタルが最後の公の場での演奏となった。
 夫で芥川賞作家の庄司薫(しょうじ・かおる)氏(本名・福田章二=ふくだ・しょうじ)は「誕生日(7月25日)をむかえる日も、このところみつけた、モーツァルトからラフマニノフまで、音色に新しい輝きを与える奏法を試すのだといって、興奮していました。ぼくも、それを聞きたいと熱望していました。残念です」とのコメントを発表した。
2016年4月4日、ヤマハ銀座コンサートサロンで行われた日本パデレフスキ協会設立記者会見から Photo:M.Terashi/TokyoMD

2016年4月4日、ヤマハ銀座コンサートサロンで行われた日本パデレフスキ協会設立記者会見から
Photo:M.Terashi/TokyoMD

*1)【CD】
NHK交響楽団 世界一周演奏旅行1960
King International KKC2092

*2)【CD】
モーツァルト:ピアノ協奏曲第24番&第26番「戴冠式」 ショパン:マズルカ集
指揮:山田和樹 管弦楽:横浜シンフォニエッタ
DREAMUSIC MUCD-1308

*3)日本パデレフスキ協会
http://paderewski.jp

◆所属する株式会社ジャパン・アーツの公式プロフィール
http://www.japanarts.co.jp/artist/HirokoNAKAMURA