河野克典(バリトン)

「冬の旅」に聴くモノオペラ的な世界観

 歌曲の分野でも丁寧な活動を重ねる河野克典。人生の旅にもなぞらえるリサイタルシリーズ『歌の旅』の第4回は「冬の旅」。「バリトン歌手に欠かせないレパートリーの…」と言いかけた問いを、「もちろん女声よりも男声が、それも低い声の歌手が歌うことが多いですが」と、やんわり遮って続けた。
「バリトンだから『冬の旅』、とはあまり考えていません。たぶん僕がテノールでも同じように取り組んだはず。ドイツ歌曲を歌う者にとってシューベルトは必ず戻ってくる場所。自分の状態を測り、すべてを晒されるような存在です。特に『冬の旅』は全体にひとつの物語があるのが魅力で、まるでモノオペラのよう。男が旅の中でさまざまなことを感じながらたどり着いた24曲目で何が見えるのか。聴く人それぞれに何を感じていただけるのか。70分かけて僕はそういうことをやっています」
 歌うたびに、表現や解釈には変化がある。
「昔の自分の録音を聴くと、『いろいろやっているなあ』と感じます。今の僕はたぶんもっと素朴。演奏というのは、何かを加えるのではなく、余分なものを削ぎ落としていく行為です。音楽に媚びたり、お客さんにアピールするのは、すべて余計なこと。音楽の中には書かれていません。歌い方のクセも同じ。それは個性ではなく、力が足りない部分を、自分に都合よくごまかしているだけです」
 共演のピアノは関本昌平。2005年のショパン・コンクールで第4位に入賞した俊英と、すでに2015年2月にも名古屋で「冬の旅」を歌った。
「関本さんにとっては歌手との初共演だったそうですが、本当に反応が早いし、言葉が要らない。本番でも、なんとも言えない空気感や情景を作ってくれました。あまりに素晴らしかったのでぜひもう一度共演したくて、すぐに東京でのリサイタルを計画しました」
 よく、リートのピアニストにはドイツ語が必須と言われる。子音のタイミングなど言葉の都合を共有するためにだ。が、河野は必ずしもそうではないと言う。
「そうした言葉の問題を、僕はお客さんにも自分の発音で示しているわけです。それがもし真横にいるピアニストにさえ伝わらないのなら、客席に伝わるわけがない。逆に、ピアニストにドイツ語が必要なら、お客さんにも全員必要ということになる。そんなことはありません。僕の言葉や声で、感じて、想像して楽しんでいただけるはず。だから歌詞の予習なんか要りません」
 ただ聴いてもらえれば必ず伝わる。けっして誇張のないその自然な自信が、実に信頼できる。
取材・文:宮本 明
(ぶらあぼ + Danza inside 2016年1月号から)

河野克典 バリトン・リサイタル 
歌の旅 Vol.4 冬の風 シューベルト「冬の旅」全曲
2016.1/19(火)19:15 東京文化会館(小)
問:アスペン03-5467-0081
http://www.aspen.jp