ショパンコンクールが始まります!

高坂はる香のワルシャワ現地レポート 第1回

取材・文:高坂はる香

 10月2日のオープニング・ガラコンサートを皮切りに、第19回ショパン国際ピアノコンクールがいよいよスタート。会場となるフィルハーモニーホールの正面サイドには国旗がならび、コンクールが開幕したことを伝えています。

夜のフィルハーモニー ©Haruka Kosaka

 1次予選は10月3日〜7日の5日間。演奏順は、9月29日に行われた抽選会で、頭文字が「T」のコンテスタントからアルファベット順ということになりました。そのようなわけで、一番手は中国のタオ・ズーイエ Ziye Tao さん。日本の牛田智大さんは3人目に早速登場します。

 実は今回から、演奏順について新しいルールが導入されます。
 最初に演奏すると「他の参加者より高得点を獲得する可能性がわずかに低い」ことから、その不利な条件が全ステージにわたって誰かに集中することを避けるため、ラウンドごとにトップ奏者の頭文字を、6文字後アルファベットにずらしていく(1次がTなら、2次はZから)とのこと。これによって4ラウンドで全アルファベットがひとまわりするので、公平になるという算段だそうです。

 一番手が苦戦しがち、かつ後半の日程のほうが通りやすい傾向は、どのコンクールでもあることといえるでしょう。しかし改めて考えると、なぜそうなってしまうのか…一人目の奏者が緊張するのはわかりますが、もう一つの要素である審査員側に目を向けると、まさか序盤に聴いたものを忘れてしまうというわけでもないだろうに、一体どうしてと考えてしまいます。

 実はこの件を先日ちょうど反田恭平さんと話していたのですが、「(お笑いの)M-1でもよく話題になるけど、一人目は全体の水準がわからないなかで点を入れるから、あとから振り返ると低すぎたということになり得るのでは」という見解を聞き、それはあるかもしれないなと思いました。最初にあまり高い点をつけて他がすごくハイレベルだったら、点をつけるのに困ってしまいますもんね。
 ちなみに反田恭平&小林愛実夫妻、先日、友人のコンテスタントの話題でショパンコンクール演奏順の話が出たとき、「二人とも一瞬、演奏順の抽選を待っているときの猛烈な緊張感を思い出して黙りこんでしまった」、と話していたのが印象的でした。それくらい、参加者のコンディションにとって重要な問題なのでしょう。

 そのようなわけで導入された新ルール。
 すると1次の初日勢は、2次では最終日にまわる確率が高く(どのアルファベットに何人のコンテスタントがいるかにも左右されますが)、最大で次の演奏まで9日おくことになります。いかに集中力を保つか、さらに3次予選以降の準備をどう並行して進めるか、計画性が求められることになりそう。実際に運用すると、さらに何かが見えてくるかもしれません。

 また、開幕に先立ち、コンテスタントが使用するピアノを選ぶセレクションも行われました。
 今回ショパンコンクールに公式ピアノとして参加するのは、スタインウェイ、ヤマハ、カワイ、ファツィオリ、ベヒシュタインの5メーカー。各人15分が与えられ、フィルハーモニーホールの舞台で試弾をして、パートナーとするピアノを選びます。
 多くのコンクールでは、コンテスタントが親や先生などに客席で聞いてもらってその意見を参考にピアノを選ぶことも許可されていますが、今回のショパンコンクールでは、原則、誰かを同伴することはできない決まりになったそう。みんな、自分の耳で判断する必要があります。

5つのメーカーのピアノがステージに並ぶ ©Haruka Kosaka

 こちらはすべてのコンテスタントのセレクションが終わったあとのフィルハーモニー。5台のコンサートグランドが並ぶ様子は、なかなかの迫力です。ピアノメーカーにとっても楽器が試される5年に一度の大舞台。調律師さんたちにとっては一番緊張する瞬間でしょう。
 ピアノにカバーをかけに各メーカーの調律師さんたちが壇上にあがってきたところを眺めていたら、ヤマハとスタインウェイをそれぞれ担当しているポーランド人調律師の兄弟が(みなさん、読み間違いではありませんよ! 彼らは兄弟で別々のメーカーの調律を担当しているのです。詳しい話はまたいずれ…)、カワイの調律師さんに、「とても良い楽器だね。すばらしいピアノをありがとう」と声をかけていました。 
 そして、互いに楽器を讃えあい、ここまでのプレッシャーまみれの毎日をねぎらいあう…
 一人でも多くのピアニストに選んで欲しいはずですから、彼らはいわばライバル同士ですが、良い楽器を前にそういう言葉をかけずにいられなかったんだなと思うと、胸が熱くなりました。最高峰の調律師が集う場ならではの美しい光景でした。

各ピアノメーカーの調律師たちが昼夜問わずメンテナンスにあたる
©Haruka Kosaka

 結果的に1次予選で各メーカーを選んだ人数は、スタインウェイ42名、カワイ21名、ファツィオリ10名、ヤマハ9名、ベヒシュタイン2名とのこと。以後、基本的に特別な理由がない限りピアノ変更は認められませんが、前回は途中でルールが変わったので、どうなるか最後までわからないポーランド方式です!

 さて、さきほど、ワルシャワ・フィルハーモニーでオープニング・ガラコンサートが行われました。
 エントランスには当日券を求める人々で長蛇の列。オープニングのスピーチに「今日、この会場でコンサートをお聴きになれるラッキーなみなさん」という言葉がありましたが、そのくらい特別なイベントだったようです。客席にもいつもより着飾った方が多く見られ、祝祭的な雰囲気。
 アンドレイ・ボレイコ指揮、ワルシャワフィルハーモニー管弦楽団が、ショパンのポロネーズ Op.40-1 オーケストラ版を奏で、ポーランドの誇りにあふれる音の世界を感じていたら、いよいよショパンコンクールが始まるのだという実感が湧いてきます。

 続けて演奏されたのは、前回の優勝者ブルース・リウによる、エキゾティックと爽やかが入り乱れた魅惑のサン=サーンスのピアノ協奏曲第5番、審査委員長のギャリック・オールソンと審査員のユリアンナ・アヴデーエワによるプーランクの2台ピアノのための協奏曲、そしてこの3人に同じく審査員のダン・タイ・ソンが加わって(弟子のブルースとの共演!)、J.S.バッハの4台ピアノのための協奏曲 BWV1065。
 これから始まるショパン漬けの日々の前、全く別の美意識のもと書かれた音楽を味わっておくラストチャンスとばかりに、ユニークなプログラムが届けられました。

 そしていよいよ10月3日朝10時(現地時間)から、第1次予選がスタートします。

※記事公開時に、2次予選の演奏順がアルファベットAからとしていましたが、その後の現地調査によりZから始まることが判明しましたので、お詫びして訂正します。

Chopin Competition
https://www.chopincompetition.pl/en


【Information】
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール2025 優勝者リサイタル
2025.12/15(月)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
2025.12/16(火)19:00 東京芸術劇場 コンサートホール

第19回ショパン国際ピアノ・コンクール 2025 入賞者ガラ・コンサート
2026.1/27(火)、1/28(水)18:00 東京芸術劇場 コンサートホール
2026.1/31(土)13:30 愛知県芸術劇場 コンサートホール

出演
第19回ショパン国際ピアノ・コンクール入賞者(複数名)、アンドレイ・ボレイコ(指揮)、ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団

他公演
2026.1/22(木) 熊本県立劇場 コンサートホール(096-363-2233)
2026.1/23(金) 福岡シンフォニーホール(092-725-9112)
2026.1/24(土)大阪/ザ・シンフォニーホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/25(日) 京都コンサートホール(ABCチケットインフォメーション06-6453-6000)
2026.1/29(木) ミューザ川崎シンフォニーホール(神奈川芸術協会045-453-5080)


高坂はる香 Haruka Kosaka

大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/