
世界的指揮者、リッカルド・ムーティが、休館を目前に控えた東京文化会館にてモーツァルトのオペラ《ドン・ジョヴァンニ》を指揮することが発表され、9月9日、同館内にて記者会見が行われた。会見には、現在開催中の「イタリア・オペラ・アカデミー in 東京」のリハーサルの合間を縫って出席したムーティに加え、日本舞台芸術振興会(NBS)専務理事の髙橋典夫、ならびに東京・春・音楽祭実行委員会 委員長の鈴木幸一が登壇した。
2026年4月26日、29日、5月1日の3日間にわたり、NBS、東京春祭、日本経済新聞社の3社による共催で行われる本公演。東京文化会館は同年の5月7日から大規模改修工事による長期休館にはいるため、これが改修前最後のオペラ公演となる。世界屈指のオペラハウスを招聘するNBS、会期中同館にて数多くの公演を開催する東京春祭ともに、その音楽シーンを語るうえで中核をなす場所だが、休館を目前に、両団体と縁の深いマエストロによる記念碑的な公演が実現することとなった。キャストにはムーティが期待を寄せる海外の歌手陣が迎えられる一方、管弦楽ならびに合唱は東京春祭オーケストラ/東京オペラシンガーズと、いずれも日本で信頼関係を築く団体が務める。

髙橋「このプロダクションは、トリノ王立歌劇場ならびにパレルモ・マッシモ劇場の共同制作ですが、今回は舞台装置・衣裳をトリノからそのままお借りして、日本のスタッフで上演を手掛けていきます。大掛かりかつ複雑な演出で、歌手も過去にトリノまたはパレルモで出演経験のある方々をお呼びしますので、ある意味では海外歌劇場の引っ越し公演以上に力を入れなければなりません。
東京文化会館の休館にあたり、実は3年ほど前から東京春祭さんと、『マエストロ・ムーティの指揮で舞台付きのオペラ公演ができないか』という話を重ねていたのです。今後3年間、泣いても笑ってもこの劇場での公演はできませんが、舞台芸術の衰退に繋がらぬよう、再開するまでの間何とか工夫を凝らしながら、文化を継続していかなければならないと強く思っています」

鈴木「ムーティさんには東京・春・音楽祭がスタートした2年目から出演していただいていますが、『続けることに意味があるんだ』というマエストロの言葉に後押しされて、ここまで音楽祭を開催してくることができたと思います。その間、様々な作品の上演に加えて、『イタリア・オペラ・アカデミー in 東京』を通じて若い音楽家を育てていただき、実際に私自身もマエストロの教えを受けて演奏が様変わりしていく瞬間を目撃しました。
モーツァルトは、ムーティさんがかつて東京春祭オーケストラの管弦楽公演で、『ハフナー』『ジュピター』などの名演を残した作曲家。今回、《ドン・ジョヴァンニ》で若手の演奏家からどのような音楽を引き出すのか、楽しみにしています」
今回のプロダクションは、マエストロの娘で、ローマ歌劇場やフィレンツェ五月音楽祭などでも演出を手掛けた経験を持つキアラ・ムーティによるもので、前述の通りトリノ(22年)、パレルモ(23年)で上演されている。2005年にミラノ・スカラ座の音楽監督を辞して以降、舞台装置を伴うオペラ公演でタクトをとることは極めて稀になっているムーティ。日本では16年のウィーン国立歌劇場《フィガロの結婚》以来ということで、満を持してフルステージでの指揮姿を見届けることができる。

ムーティ「私とモーツァルトの関係は、ヴェルディとのそれと同じくらい密接なものです。ミラノやザルツブルクなどで多くの作品を指揮し、私の人生の大部分をこの作曲家に捧げたといっても過言ではありません。その中で『ダ・ポンテ三部作』に関しては、非常に深い意味において“イタリア・オペラである”と私は考えています。ご存知の通り、モーツァルトはイタリア語を完璧に解し、《ドン・ジョヴァンニ》でも台本作家と緊密な関係を保ちながら作曲を行いました。それゆえに、とりわけレチタティーヴォなどは私たちイタリア人が話すのと全く同じ、正確なリズムで書かれていて、本当に奇跡的だといえます。
日本には1975年、ウィーン・フィルのツアー以来、数々のオーケストラ・歌劇場とともに何度も訪れていますが、今回の公演の話を聞いた時、すぐに『日本のオーケストラと合唱団で実現したらどうか』と伝えました。この国の、特に若い音楽家の皆さんに自身のビジョンを伝えることは、私にとっても大きな経験になると考えたのです。キャストに関しては、いまイタリアで最も興味深いバリトン、ルカ・ミケレッティ※がタイトルロールを務めるなど、鍛え抜かれた歌い手たちがやってきます。ですので、今回の公演はきっとよい実を結ぶだろうと今から予感しています」
※2021年、東京・春・音楽祭のムーティ指揮ヴェルディ《マクベス》に出演

質疑応答で記者から寄せられた質問にも一つひとつ真摯に回答したムーティ。劇場の閉館・休館問題からオペラとポリティカル・コレクトネスの関係まで、多岐にわたる話題が展開され、約1時間半におよんだ会見は、次のように締めくくられた。
「サンタゴスティーノという人物がのこした次の言葉でこの会見を終わりたいと思います。
――『音楽を演奏する人は、愛することを知っている人だ』」
実直な姿勢で音楽への深い愛を貫くリッカルド・ムーティ。その芸術が結実する《ドン・ジョヴァンニ》を心待ちにしたい。
写真・文:編集部

リッカルド・ムーティ指揮
モーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》(全2幕)
2026.4/26(日)、4/29(水・祝)、5/1(金)各日14:00
東京文化会館
NBS WEBチケット&東京・春・音楽祭WEB先行発売
2025.10/3(金)19:00~10/26(日)18:00
一般発売
10/30(木)
指揮:リッカルド・ムーティ
演出:キアラ・ムーティ
美術:アレッサンドロ・カメラ
照明:ヴァンサン・ロングマール
衣裳:トンマーゾ・ラガットッラ
◯出演(予定)
ドン・ジョヴァンニ:ルカ・ミケレッティ
ドンナ・アンナ:マリア・グラツィア・スキアーヴォ
ドンナ・エルヴィーラ:マリアンジェラ・シチリア
ドン・オッターヴィオ:ジョヴァンニ・サラ
レポレッロ:アレッサンドロ・ルオンゴ
ツェルリーナ:フランチェスカ・ディ・サウロ
マゼット:レコン・コーシャヴィッチ
騎士長:ヴィットリオ・デ・カンポ
他
管弦楽:東京春祭オーケストラ
合唱:東京オペラシンガーズ
https://www.nbs.or.jp/publish/news/2025/09/post-1027.html
https://www.tokyo-harusai.com/news_jp/20250910/

