【SACD】ショスタコーヴィチ:交響曲第13番「バビ・ヤール」/井上道義&N響

 井上道義最後の「バビ・ヤール」はあたたかい。厳しさも恐怖も不足なく、井上ならではのユーモアは鮮烈の極みだが、ソリストと合唱の重く尖らない声質も相まって、ヒューマンな温もりが横溢しているのだ。旋律は音価いっぱいに歌われ、丁寧なアーティキュレーションが施される。声高に叫ばずとも、純音楽的な積み重ねこそが巨大な世界を構築し、底知れぬ深淵を覗かせる。キーウ近郊バビ・ヤールでのユダヤ人虐殺と、ソ連の反ユダヤ主義を告発する本作。この内容が改めて切迫感をもつ現代こそ、井上の辿り着いたショスタコーヴィチ演奏が必要だと痛感するばかり。必携の名盤。
文:林 昌英
(ぶらあぼ2025年9月号より)

【information】
SACD『ショスタコーヴィチ:交響曲第13番「バビ・ヤール」/井上道義&N響』

ショスタコーヴィチ:交響曲第13番「バビ・ヤール」

井上道義(指揮)
NHK交響楽団
アレクセイ・ティホミーロフ(バス)
オルフェイ・ドレンガル男声合唱団

収録:2024年2月、NHKホール(ライブ)
オクタヴィア・レコード
OVCL-00893 ¥3850(税込)


林 昌英 Masahide Hayashi

出版社勤務を経て、音楽誌制作と執筆に携わり、現在はフリーライターとして活動。「ぶらあぼ」等の音楽誌、Webメディア、コンサートプログラム等に記事を寄稿。オーケストラと室内楽(主に弦楽四重奏)を中心に執筆・取材を重ねる。40代で桐朋学園大学カレッジ・ディプロマ・コース音楽学専攻に学び、2020年修了、研究テーマはショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲。アマチュア弦楽器奏者として、ショスタコーヴィチの交響曲と弦楽四重奏曲の両全曲演奏を達成。