20世紀の末まで誰も知らなかったというのに、21世紀の今では「ロッシーニの大傑作」と世界中で絶賛される《ランスへの旅》(1825)。フランス国王シャルル10世の戴冠を祝って作られた、主役級の歌手を10人も要する特別なオペラなので、初演時には4回上演されたのみ。あとは封印され、160年間も眠っていたという「秘作」でもある。
ところが、1984年に蘇演された途端、その魅力がオペラ界を席巻。日本でも非常に有名な演目になっている。中でも客席が胸踊らせるのが人気の「十四重唱」。一同が繰り広げるこの上なく贅沢な歌声合戦を、みな心待ちにするのである。
(取材・文:岸純信(オペラ研究家) Photo:M.Terashi/TokyoMDE *写真は7月3、5日公演の出演者によるGPから。2015年7月1日、日生劇場にて取材)
その《ランスへの旅》を藤原歌劇団が上演するとのことで、公開ゲネプロを覗いてみた。松本重孝の新演出は、パステルカラーを背景に、巧妙な人物配置で「調和(ハーモニー)の美しさ」を訴えるもの。確かに、ナポレオンの退場でヨーロッパにやっと平和が戻った時期を象徴する一作だけに、ロッシーニと台本作家のバロッキも、いろんな国の人々を登場させて諸国融和のシンボルとしている。表面的にはユーモラスな「恋の駆け引き」で話が進むが、ドラマに脈打つ思想はまさに世界平和そのもの。終盤で登場人物たちがそれぞれのお国のメロディを歌い上げるさまも、楽しくて奥深い。
指揮は老練のマエストロ、アルベルト・ゼッダ。変わらぬ敏捷な棒で歌手とオーケストラを自在に操る姿は「お見事!」の一言に尽きる。ソリストもみな実力派。艶やかな美声を誇る佐藤美枝子(コリンナ)、フレージングに気品漲る鳥木弥生(メリベーア)、澄んだ響きで華々しく歌い上げる光岡暁恵(フォルヴィル)、はきはきした歌いぶりが好感触の清水知子(コルテーゼ)と女声陣はみな熱演。
すると男声陣も大奮闘。深みある響きで超低音もさらっとこなす伊藤貴之(シドニー卿)、知的な歌いかけで一同を牽引する久保田真澄(ドン・プロフォンド)、狂言回しを飄々とこなす三浦克次(トロンボノク)、提督の貫録をコミカルに表出する牧野正人(ドン・アルヴァーロ)とバス・バリトン勢が競えば、テノールの二人、溌剌とした声音の持ち主小山陽二郎(ベルフィオーレ)と若さに似合わぬ雄弁な歌い回しが光る山本康寛(リーベンスコフ)は超高音を惜しげもなく披露。輪唱風の六重唱に観られる歌声のしごく滑らかなやりとり、恋人たちの和解の二重唱がスリリングに展開するさまなど、ベルカント・オペラを最もしなやかに歌う名手たちの離れ業は本番でも大いに期待出来そうだ。
■藤原歌劇団×日生劇場×東京フィルハーモニー交響楽団×フェスティバルホール×ザ・カレッジ・オペラハウス 共同制作公演
ロッシーニ/オペラ《ランスへの旅》全1幕(字幕付き原語上演)
(上演予定時間:約3時間(休憩1回)
2015年7月3(金)18:30 4日(土)14:00 5日(日)14:00 日生劇場
【指揮】アルベルト・ゼッダ
【演出】松本重孝
【合唱】藤原歌劇団合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団
〈7/3&5〉
【コリンナ(ローマの女流即興詩人)】佐藤美枝子
【メリベーア侯爵夫人(ポーランドの未亡人)】鳥木弥生
【フォルヴィル伯爵夫人(ファッションに夢中なフランスの未亡人)】光岡暁恵
【コルテーゼ夫人(温泉宿の女主人)】清水知子
【騎士ベルフィオーレ(フランスの若き士官で色男)】小山陽二郎
【リーベンスコフ伯爵(メリベーア侯爵夫人に恋するロシアの将軍)】曽我雄一(3日)山本康寛(5日)
【シドニー卿(コリンナに恋心を抱くイギリスの陸軍大佐)】伊藤貴之
【ドン・プロフォンド(骨董マニアの文学者)】久保田真澄
【トロンボノク男爵(音楽を愛するドイツの陸軍少佐)】三浦克次
【ドン・アルヴァーロ(メリベーア侯爵夫人を恋い慕うスペインの提督)】牧野正人
【ドン・プルデンツィオ(温泉宿の医者)】柿沼伸美
【ドン・ルイジーノ(フォルヴィル伯爵夫人のいとこ)】真野郁夫
【デリア(コリンナが面倒をみている孤児)】山口佳子
【マッダレーナ(温泉宿の女中頭)】河野めぐみ
【モデスティーナ(フォルヴィル伯爵夫人のお手伝い)】但馬由香
【ゼフィリーノ(使者)】藤原海考
【アントーニオ(温泉宿の執事)】立花敏弘
〈7/4〉
【コリンナ(ローマの女流即興詩人)】砂川涼子
【メリベーア侯爵夫人(ポーランドの未亡人)】向野由美子
【フォルヴィル伯爵夫人(ファッションに夢中なフランスの未亡人)】清水理恵
【コルテーゼ夫人(温泉宿の女主人)】平野雅世
【騎士ベルフィオーレ(フランスの若き士官で色男)】中井亮一
【リーベンスコフ伯爵(メリベーア侯爵夫人に恋するロシアの将軍)】岡坂弘毅
【シドニー卿(コリンナに恋心を抱くイギリスの陸軍大佐)】東原貞彦
【ドン・プロフォンド(骨董マニアの文学者)】安東玄人
【トロンボノク男爵(音楽を愛するドイツの陸軍少佐)】森口賢二
【ドン・アルヴァーロ(メリベーア侯爵夫人を恋い慕うスペインの提督)】谷友博
【ドン・プルデンツィオ(温泉宿の医者)】押川浩士
【ドン・ルイジーノ(フォルヴィル伯爵夫人のいとこ)】所谷直生
【デリア(コリンナが面倒をみている孤児)】宮本彩音
【マッダレーナ(温泉宿の女中頭)】松浦麗
【モデスティーナ(フォルヴィル伯爵夫人のお手伝い)】楠野麻衣
【ゼフィリーノ(使者)】井出司
【アントーニオ(温泉宿の執事)】清水良一
チケット料金 :S 14,800円 A 12,800円 B 9,800円 C 5,800円 D 3,000円(税込)
問:日本オペラ振興会チケットセンター
TEL:044-959-5067 (月〜金曜 10:00〜18:00)
日本オペラ振興会 http://www.jof.or.jp
ランスへの旅 特設サイト http://www.jof.or.jp/reims2015/