まさにベルカント・オペラの極み
いまから190年前、フランスのシャルル10世の戴冠を祝って作られた歌劇《ランスへの旅》(1825)。当時のオペラ界の頂点に立つ大作曲家ロッシーニが、パリでイタリア語のオペラを上演するテアトル・イタリアンの舞台に、現役最前線の人気歌手を一人でも多く立たせ、喉の競い合いでステージを賑わせたいと考えて作った一作だけに、その最大の見せ場となるのも、前例のない〈十四重唱〉という大アンサンブルである。ドラマは明るい喜劇仕立て。欧州各国から温泉地に集まった名士たちが、恋の駆け引きも交えて様々に絡みあいながら、最後は皆で仲良く新国王の姿をパリで眺めようと出発するというたわいもないものだが、そこに流れる根本的なテーマは「民族同士の『魂の融和』」と名指揮者アルベルト・ゼッダは力説する。確かに、何かと言えば、国と国が対立しがちな昨今だけに、このオペラが示す理想的な境地が、現代の観客には却って新鮮に映るかもしれない。
また、音楽的には、歌手たちが歌うメロディが19世紀初頭の最高水準を行く難しさであることに注目。今回は、イタリアものを得意とする藤原歌劇団が、幅広い世代から適材適所で名手を選んでいるので、彼ら彼女らが、誰にも遠慮することなく、それぞれの技を惜しげもなく披露する。コリンナ役を佐藤美枝子(7/3,7/5)と砂川涼子(7/4)が歌うのにも注目だ。音の粒を滑らかに繋げて圧倒的な勢いで歌い上げるベルカント唱法の極意を、一同の「いかにも楽しげな歌いぶり」からじっくり聴き取ってみては?
文:岸 純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ + Danza inside 2015年7月号から)
7/3(金)18:30、7/4(土)14:00、7/5(日)14:00 日生劇場
問:日本オペラ振興会チケットセンター044-959-5067
http://www.jof.or.jp