名教師に導かれて 〜 次代を担うピアニスト奥井紫麻が奏でるショパンとラフマニノフ

©Takahiro WATANABE

 奥井紫麻はこれまですばらしい恩師に恵まれてきた。7歳より故エレーナ・アシュケナージに師事して基礎を身につけ、12歳でモスクワに渡り、8年間タチアナ・ゼリクマンのもとで音の響かせ方を徹底的に学んだ。その間、さまざまな賞を受賞し、現在はジュネーヴ高等音楽院でネルソン・ゲルナーに師事している。

 「ゲルナー先生はショパン研究所のアドバイザリー委員も担当していますので、ショパンに関して非常に造詣が深く、奏法はもちろん体の使い方もこまかく教えてくれます。これにより音が変わり、ラフマニノフでも響きを重視するようになりました」

 この夏、高崎と東京でリサイタルを行うが、高崎芸術劇場 音楽ホールのプログラムは、その成果が発揮されるショパンの「舟歌」とピアノ・ソナタ第3番、ラフマニノフの「10の前奏曲」「13の前奏曲」より抜粋した13曲から成る。

 「『舟歌』はショパンのなかでも特に好きな作品で、演奏するたびに新たな発見があり、魅了されます。ソナタは全体的に人生を回想しているような面があり、第1楽章は人生について悩むような、人間の内面が見えるよう。第2楽章の中間部はショパンらしい雰囲気で思い出に浸る感じ。第3楽章は瞑想的ですね。第4楽章はけっして終わりではなく、これからまた前に進む、新たなところを目指す感じがします」

 ラフマニノフはロシア時代に弾きたい作品があったが、先生に手の大きさや体格面で「まだ早い」といわれ、いまようやく機が熟した。

 「大好きな前奏曲は昨年から演奏し、構成の組み立て方、メロディラインの浮き立たせ方、曲のもっていき方など、ゲルナー先生とじっくり勉強しています。Hakuju Hallでは『音の絵』を演奏しますが、作品に内包されている鐘の響きやロシアの風景を想像しながら、深みのある響きで作品の素晴らしさやピアノの魅力を伝えたいと思います」

 東京公演では「音の絵」のほか、高崎と同じショパンのソナタ第3番なども披露する。

 奥井は偉大なピアニストのマスタークラスも受講し、とりわけエリソ・ヴィルサラーゼからは貴重な助言を受けている。

 「リストやショパンの作品を何度か見てもらったのですが、リストでは細部より作品全体を俯瞰して大きくとらえること、ショパンでは旋律のうたい方などを学びました」

 そうしたさまざまな教えを自身のなかで咀嚼し、日々の鍛錬を怠らず、世界の歴史や文学など読書にも勤しみ、解釈を肉厚にする。

 「作品の本質を描き出すような演奏を心がけ、聴衆の皆さんと共有できたら。今後のレパートリーはバロックからラヴェルまで視野に入っています」

取材・文:伊熊よし子

(ぶらあぼ2025年7月号より)

高崎芸術劇場 大友直人 Presents T-Shotシリーズ vol.16
奥井紫麻 ピアノ・リサイタル

2025.7/18(金)19:00 高崎芸術劇場 音楽ホール
問:高崎芸術劇場チケットセンター027-321-3900
https://www.takasaki-foundation.or.jp/theatre/

プラチナコンサート・シリーズ Vol.20 奥井紫麻 ピアノ・リサイタル
2025.8/1(金)19:00 Hakuju Hall
問:ジャパン・アーツぴあ0570-00-1212 
https://www.japanarts.co.jp
※公演ごとにプログラムは異なります。詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。


伊熊よし子 Yoshiko Ikuma

音楽ジャーナリスト、音楽評論家。東京音楽大学卒業。レコード会社、ピアノ専門誌「ショパン」編集長を経て、フリーに。クラシック音楽をより幅広い人々に聴いてほしいとの考えから、音楽専門誌だけでなく、新聞、一般誌、情報誌、WEBなどにも記事を執筆。インタビューの仕事も多く、多い年で74名のアーティストに話を聞いている。近著は「モーツァルトは生きるちから 藤田真央の世界」(ぶらあぼ×ヤマハ)。
http://yoshikoikuma.jp/