純粋なる男女の精神の遍歴を描く、オペラ《遥かなる愛》
一人の作曲家の審美眼によって受賞者を選ぶ作曲コンクール「武満徹作曲賞」を含む東京オペラシティの同時代音楽企画、コンポージアム。今年は審査員としてフィンランドの女性作曲家カイヤ・サーリアホが登場する。
日本での演奏機会は決して多いとは言えないが、欧州では押しも押されもせぬ大家だ。1980年代以降、パリの前衛音楽の主流となってきた、いわゆるスペクトル派の音響分析を応用しながらも、そこに北欧らしい独自の色彩感やセンスを加味し、きらびやかな輝きを放つ作風によって聴き手を魅了してきた。
ポートレートとなる『カイヤ・サーリアホの音楽』(5/28)では、彼女のブレイクのきっかけとなったオペラ《遥かなる愛》が取り上げられる。吟遊詩人のジョフレ・リュデル(与那城敬)が、まだ見ぬ遥かなる恋人クレマンス(林正子)に向けて愛を語る。彼はやがてその思いを留めることができなくなり旅立つが、船中で病を得、二人が出会う瞬間にこと切れる。
純粋なる男女の精神の遍歴を、稠密ながらすっきりとした管弦楽が染めていく。オーケストラは細かい顫動や音程の淀みを伴った息の長い響きの世界を編み上げる。やがてその内側から新しい色合いが萌し、花が開くように広がっていって、ゆったりしたシークエンスの変化が生まれてくる。
愛、そして芸術の、手が届かないが故の妖しい魅力——この物語の教訓は、作曲家として異国に暮らす自分と重なる部分があるということに、作曲中サーリアホは気が付いたという。ヨーロッパではオペラで成功することが大作曲家の証の一つだが、難しい心理劇を自身の来歴と重ねつつ独自のスタイルで表現した《遥かなる愛》の成功をきっかけに、サーリアホはオペラ・声楽曲の作曲家として続々と新作を放っている。
今回はサーリアホ作品を数多く手掛けてきたエルネスト・マルティネス=イスキエルドが東京交響楽団を指揮し、演奏会形式での上演となるが、サーリアホのパートナーであるマルチメディア・アーティスト、ジャン=バティスト・バリエールによる色彩豊かなプロジェクション映像が、音楽と相まって想像力を掻き立ててくれるだろう。
武満徹作曲賞本選演奏会(5/31・渡邊一正指揮東京フィル)では、サーリアホ自身の審査により4人のファイナリストから受賞者が決定される。今年は残念ながら日本人がいないが、151作品という激戦から厳選された粒ぞろいの力作だ。サーリアホの譜面審査のコメントからは、微分音や独創的な奏法を用いたもの(ファビア・サントコフスキー;スペイン「存在の絵」)、ユニークな詩的世界を持ったもの(イーイト・コラット;トルコ [difeãs])、エネルギッシュで前進的なもの(トーマス・ヴァリー;オーストリア「ループ・ファンタジー」)、しっかりとした形式を踏んだもの(セバスチャン・ヒッリ;フィンランド「リーチングス」)と作風も多彩な模様。新世代の息吹を感じるだけでなく、サーリアホの音楽観を知る上でも、貴重な機会なのではないか。
文:江藤光紀
(ぶらあぼ + Danza inside 2015年5月号から)
カイヤ・サーリアホの音楽——オペラ《遥かなる愛》 5/28(木) 19:00
2015年度武満徹作曲賞本選演奏会 5/31(日) 15:00
東京オペラシティ コンサートホール
問:東京オペラシティチケットセンター03-5353-9999
http://www.operacity.jp