明日のクラシック界を担う若手音楽家が海外研修の“リアル”を語る
INTERVIEW 青島周平(ピアノ)& 山根風仁(チェロ)

文化庁の新進芸術家海外研修制度により欧州で学びを深めた若きアーティストたちが、協奏曲を披露する公演「明日を担う音楽家たち」(2/27)。出演するのは、本田ひまわりさん(パイプオルガン)、原田莉奈さん(ピアノ)、青島周平さん(ピアノ)、山根風仁さん(チェロ)の4名。彼らがヨーロッパで暮らし、見聞きしたことのすべてが音楽に表れることでしょう。今回は、青島さん(パリ国立高等音楽院ピアノ科、伴奏科、エクリチュール科在学中)と山根さん(ブリュッセル王立音楽院ポストグラデュエート課程修了)に、海外でのリアルな体験談などを語ってもらいました。

左:青島周平さん
右:山根風仁さん (c)John Cooper

取材・文:飯田有抄
写真提供:日本オーケストラ連盟

さらなる成長を見据え、いざ出国!

—— ヨーロッパで音楽を学ぼうと思われたきっかけや理由は何でしたか?

青島 僕はずっと、フランスの作品を弾くための技術が自分には足りないなぁと感じていました。それを克服できたらきっと、他の国やさまざまなスタイルの作品も多彩に弾けるようになると考えたのがきっかけです。パリ音楽院では少人数でディスカッションしながら楽曲分析をする授業などがとても充実していて勉強になりました。

練習に励む青島さん

山根 僕は東京藝大時代から、音楽作品が生まれた当時の演奏様式や習慣を研究し、それに基づいて演奏する、いわゆる「ピリオド奏法」を学んでいました。日本では、バロックから古典派までを勉強しましたが、ロマン派にさしかかった時、思想や演奏習慣への向き合い方など、それまでの時代に取り組むのと同じマインドセットで臨まないと意味がないと思うようになったのです。そこでヨーロッパにわたってこの分野のスペシャリストのもとで学ぼうと決めました。ヨーロッパでは同じ「歴史的演奏習慣」といっても、多様な人たちが多様な考えをもって取り組んでいるのがわかって、刺激になりましたね。

テレジア管弦楽団(イタリア)のワルシャワ公演で演奏する山根さん (c)Dominic Bac

日本では考えられないハプニングが続出!

—— 日本を出て、その土地で暮らしてこそ実感できたようなことや思い出を教えてください。

山根 「魔の12月」と呼んでいる思い出があります。イギリスで演奏した帰りに、ヒースロー空港で、乗るはずの飛行機の座席をオーバーブッキングされてしまい、「あなたの席はもうない」と告げられました。僕はその時38度の熱があって、なんとか2日後の便で帰れたけど、空港で荷物は紛失。ベルギーの自宅に着いたら暖房が故障していて…。クリスマスなのに、もう年を越せないかと思いましたね(苦笑)。そういうアクシデントは外国ではよくあるので、だんだん大らかになりました。

青島 文化も基準も違うので、自分のキャパシティを広げないと生きていけないという場面ってありますね。僕もフランスに到着早々、一番生活に欠かせないものが入ったスーツケースを空港でなくされ、そこでスイッチが切り替わりました。授業でも、フランス人の書く筆記体がまったく読めず、コミュニケーションの問題も多発。日本にいたら起こらないことの連続なので、ある意味自分を壊さなきゃいけない瞬間もあるし、自分自身でいなきゃいけない瞬間もある。そういうのを繰り返す6年でした。

山根 一方で、ポジティヴな感動体験ももちろんあります。ヨーロッパ大陸では人々が一つの共同体として暮らしていて、行き来しやすくなっています。ウィーンとポーランドを結ぶ鉄道から見た、地平線を望むような景色は一生忘れられません。また、ローマでオペラを演奏するプロジェクトに参加した際、打ち上げで食べた料理は衝撃的な美味しさでした! ナスを揚げたものと、モッツァレラやハムなどを重ねたラザニアのような料理で。あまりに美味しいので、自分でも研究して、今では得意料理となりました。シンプルなカルボナーラも本場はまったく違う。グアンチャーレという生ハムを使ったとてもリッチな味です。日本ではかんたんに手に入らないので、豚の頬肉を塩漬けにして、自分で作ってみようかなと思っています。

スペイン広場の上から見たローマの夕日
ナスのラザニア。今では山根家のスペシャリテに
本場イタリアのカルボナーラ

青島 食で言うと、パリではカフェ文化が発達していて、ビールを飲むのも、ご飯を食べるのも、人と会って話すのも、全部カフェで完結できる。その気楽さがよかったですね。コロナ禍は寂しかったですが、あの閑散とした時期を経て、今またカフェの賑わいが戻って、とても心地よいです。
 僕は子どものころ野球少年だったので、こちらでスポーツ観戦も楽しんでいます。最近はサッカー観戦が好きで、イギリスのマンチェスターまで出かけていき、スタジアムで観戦するとすごくリフレッシュできます。

師匠の言葉から得た人生の指針

—— 研修先の先生などからいただいたアドヴァイスで、心に残っている言葉はありますか?

山根 ある先生の教えに対し、僕自身が疑問を抱いてしまい、悶々と悩んでしまったことがありました。「歴史的演奏」であっても、「正解」はない。ただ、アドヴァイスを受けながらも、どこまで自分の意思で決定してよいものかと。その時、恩師アラン・ジェルヴルー先生から、「人に言われてきた意見も含めて、今の君を形作っているんだよ」と言われました。そのシンプルな言葉に、何か考え方の大きな指針をいただいた気持ちになりました。

最後のクラスコンサートの後 アラン・ジェルヴルー先生と

青島 僕は本番の直前になっても、自分の演奏に対して疑いを持ってしまっていました。演奏に「正解」はないけれど、人前に出て弾く以上、方向性を決めなければいけないのに決められない。そんな僕に、フランク・ブラレイ先生が「『今の自分のベスト』を受け入れなさい。5年後にはきっともっと良い演奏ができるはずだけど、今は今のベストを信じなさい」とおっしゃってくださった。当時の僕のメンタルにとても響いた一言でしたね。

フランク・ブラレイ先生(左)、上田晴子先生(右)と

—— おしまいに、今回の協奏曲への意気込みをお願いします。

山根 17世紀から現代にいたるまでのチェロ音楽の道筋を追いながら、ロマン派にも自分なりの答えをもって臨めるようになった今、シューマンのチェロ協奏曲に取り組めることに、大きなやりがいを感じながら演奏させていただきます。

青島 藝大時代に協奏曲を演奏した時の指揮者が、高関健先生でした。あの時、打ち合わせから本番まで指導を受け、引っ張っていただきました。今回また共演させていただけるのが楽しみです。ずっと弾きたかったプロコフィエフの協奏曲第3番を、東京シティ・フィルの皆様と楽しんで演奏したいと思います。


明日を担う音楽家たち
新進芸術家海外研修制度の成果

2025.2/27(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール

出演
本⽥ひまわり(パイプオルガン)
原田莉奈(ピアノ)
青島周平(ピアノ)
山根風仁 (チェロ)
高関健(指揮) 東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

曲目
ボッシ:オルガン協奏曲 イ短調 op.100(本田)
モーツァルト:ピアノ協奏曲第23番 イ長調 K.488(原田)
プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番 ハ長調 op.26(青島)
シューマン:チェロ協奏曲 イ短調 op.129(山根)

問:ヴォートル・チケットセンター03-5355-1280
https://www.orchestra.or.jp