第1曲のプレリュードが始まるや否や、勢いのある音の清流が心に流れ込む。音楽の「ことば」が明瞭に伝わり、かつ絶妙に揺らぎながら快い流れとなる。フーガがそれをしっかり受け止める。奏者の中に深く刻まれたバロックの様式が、各曲のプレリュードの様々な性格―舞曲であったり、協奏曲風であったり―を多彩に描き出す。それは豊かな音楽言語と内なる即興性を得て、瑞々しい「いま」の音楽として響く。喜びに満ちた「平均律」。それが2021年というコロナの時期に録音されたことも特記すべきだろう。バッハが厳格な「規律」でなく「解放」であると、鈴木優人は演奏を通じて伝えている。
文:矢澤孝樹
(ぶらあぼ2024年5月号より)
【information】
SACD『J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻 BWV846~869/鈴木優人』
J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻
鈴木優人(チェンバロ)
BIS/キングインターナショナル
KKC-6809/10(2枚組) ¥5000(税込)