杉山洋一、大西宇宙らが芸術選奨の贈呈式に出席

例年にも増して豪華な顔ぶれが揃った芸術選奨各部門の受賞者たち

 3月12日、令和5年度(第74回)芸術選奨(全12部門)の贈呈式が都内で行われた。音楽部門では、作曲家・指揮者の杉山洋一と邦楽囃子笛方の福原徹が文部科学大臣賞を、バリトンの大西宇宙、地歌箏曲・平家・胡弓演奏家の菊央雄司が文部科学大臣新人賞をそれぞれ受賞した。
 イタリア在住の杉山は、ミラノ市立クラウディオ・アバド音楽院で教鞭を執り、指揮者として日欧各地のオーケストラ、アンサンブルと共演。日本国内でも、サントリーホール サマーフェスティバルや東京オペラシティのコンポージアムなど、主要な現代音楽イベントで欠かせない存在となっている。湯浅譲二「オーケストラの軌跡」(全曲世界初演)やクセナキスなど20世紀の作品を取り上げた昨年8月の公演「湯浅譲二 作曲家のポートレート」や、自作ヴァイオリン協奏曲の初演など、多岐にわたる実績が高く評価された。
 シカゴ・リリック歌劇場でデビューし、近年は日本のオペラシーンでも存在感を増す大西は、昨年3月のびわ湖ホールでの《ニュルンベルクのマイスタージンガー》、兵庫県立芸術文化センターでの《ドン・ジョヴァンニ》など話題の舞台に出演。宗教曲やリートの分野でも活躍し、「あらゆる点において、現在、一頭地を抜いた我が国のバリトン」であるとされた。

 舞踊部門では新人賞にバレエダンサーの秋山瑛(東京バレエ団)と速水渉悟(新国立劇場バレエ団)、評論部門の新人賞には音楽学者の堀朋平が選ばれた。
 シューベルト研究で知られる堀は、国立音楽大学、九州大学などで教鞭を執るかたわら、住友生命いずみホールの音楽アドバイザーを務め、今年度は年間企画として「シューベルト ー約束の地へ」と題した全6回のシリーズを展開。作曲家の生涯、作品の分析などを通してその実像に迫った大著『わが友、シューベルト』(アルテスパブリッシング)を昨年上梓。今回の受賞につながった。

左:文部科学大臣 盛山正仁 右:堀朋平

 式典の後、杉山洋一と大西宇宙に話を聞いた。

 杉山は、湯浅との思い出とともに受賞の喜びを語ってくれた。
「学生時代から一方的には湯浅先生のことは知っていましたが、秋吉台の夏の音楽祭で朝から晩までお話しする機会があり、先生との距離が縮まりました。音楽家として交流を何年も積み重ね、先生の音楽観などの理解、共感が深まったことが、自分にとってかけがえのない時間になった。その後、『杉山のために曲を書きたい』と仰っていただいて完成したのがあの新作(「オーケストラの軌跡」)だったので、今回受賞できたことを大変光栄に思っています」

 新作を世に送り出す指揮者としてのやりがいについて尋ねると、「現代音楽をクラシック音楽と同じように当たり前に楽しんでもらえるように目指しています。現代音楽は作曲家が生きて隣にいる。一緒に音楽をつくる感覚を楽しんでもらいたいです」と話した。

杉山洋一

 一方、オペラの題名役やオーケストラとの共演などで大活躍した大西宇宙。特に《ニュルンベルクのマイスタージンガー》が評価されていることについて、 「『オペラに小さい役はない』と思っているので、主役ではないコートナーという役に焦点をあてて評価していただけたことが嬉しいです。《マイスタージンガー》の物語は、中心人物であるザックスとヴァルターが新しい風を吹かせることによって、旧態依然とした価値観が変わるというストーリーだと考えていますが、芸術も同じで、伝統と新しい風が常にせめぎ合っている状態。この役を通して、自分も何か新しい価値観を見出せたらと思いながら演じました」と率直な喜びを語った。

大西宇宙

 今後は、今年5月、6月に新国立劇場《コジ・ファン・トゥッテ》への出演、2025年にダラス・オペラ、26年にはミネソタ・オペラと、アメリカの歌劇場でのデビューが予定されている。

「30代後半といえども、オペラ界ではまだまだ若手。自分のいまの声の魅力が一番伝わる役を演じられればと思っています。将来的にはヴェルディを歌いたいので、少しずつ準備を始めています。《ドン・カルロ》ロドリーゴや、《スペードの女王》エレツキー公爵など、深みのある役をやりたいなと。一方で、モーツァルトやロッシーニ作品での溌剌とした役も、日本やアメリカに限らずいろんなところで演じていきたいです」

 祝賀会のスピーチでは「オー・ソレ・ミオ」を披露し、歌唱後にはブラボーの声援も。伸びやかで温かみのある歌声が、祝いの会に華を添えた。

写真・文:編集部

〈贈賞理由〉
◎音楽部門:文部科学大臣賞
杉山洋一(指揮者・作曲家)

杉山洋一氏は、令和5年、本拠の欧州はもとより、我が国においても極めて充実した活動を行った。作曲界の巨匠、湯浅譲二の「作曲家のポートレート」と題された演奏会では、東京都交響楽団の指揮台に立ち、新作「オーケストラの軌跡」初演のほか、彼の1970年代半ばの傑作に新たな光を当て、さらに20世紀の古典を鮮やかに現代に甦(よみがえ)らせた。加えて、NHK交響楽団の公演で余人をもって代え難い存在であることを改めて印象付け、また、自作「ヴァイオリン協奏曲「ラ・フォリア」」の初演でも、豊かな才能を遺憾なく発揮した。

◎音楽部門:文部科学大臣新人賞
大西宇宙(バリトン)

声量の充実、言葉の丁寧な扱い、表現のこまやかさ。大西宇宙氏はあらゆる点において、現在、一頭地を抜いた我が国のバリトンであり、2023年は、多様なジャンルでそれを証明してみせた。ワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」(びわ湖ホール)では、パン屋コートナーに滑稽(こっけい)にして不遜(ふそん)という輪郭をくっきりと付与。「ドン・ジョヴァンニ」(兵庫県立芸術文化センター)題名役での活躍もさることながら、脇役をここまで造形できるのは、優れたオペラ歌手の証である。ほかに、井上道義氏作曲のオペラ、バッハ・コレギウム・ジャパンとのシューベルト「ミサ曲第5番」なども忘れがたい。

◎評論部門:文部科学大臣新人賞
堀朋平(音楽学者)

「未完成交響曲」の不完全な儚(はかな)さ。歌曲集「冬の旅」の果てしない彷徨(さまよ)い。弦楽四重奏曲「死と乙女」の強迫的妄執。シューベルトの音楽は、現代人のかたち定かならず不安に苛(さいな)まれる心を尖鋭(せんえい)に先取りする。本書はそんな作曲家の見事な分身だ。書物そのものが、シューベルトの影法師であるかのような捉えがたい迷宮的構造を有する。作曲家の魂と同行二人となって、幽体離脱するかのように時空を駆け巡る。極端に微視的か、極端に巨視的か。中庸に収まるところがない。シューベルトはそのようにしてしか論じられぬと本書は教える。組立ての独創性において傑出した音楽批評である。堀朋平氏の今後に期待する。

文化庁 芸術選奨
https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/94011601.html