完戸吉由希(サクソフォン)

幾多の困難を乗り越え、子どもの頃からのあこがれの舞台へ!

 1stアルバム『Le Chemin』が専門誌で高い評価を得るなど、めきめきと存在感を増しているサクソフォン奏者の完戸吉由希(ししど・よしゆき)。デビュー10周年リサイタルを開く。

 「ずっとあこがれだった東京文化会館小ホール。ひときわ思い入れの強い作品を並べました。
 グリーグの叙情的小品は、小学生時代、姉が聴いていたCDで出会い、その頃から大事にしている作品です。高校生になり、始まったばかりのスカパーで放送された須川展也さんのリサイタルを田舎で見て、ますます好きになりました。心に訴えかけるこのグリーグの代表作は、サックスの音と音楽を楽しんでいただくのには最適だと思います。
 CDにも収録したドビュッシーの『ラプソディー』とポール・クレストンのソナタはサックスのオリジナル作品の代表曲です。ドビュッシーはデビュー・コンサートでも演奏したので、10年を経て変化したであろう音楽性をお聴きいただきたいです」

 そして後半はフランクのヴァイオリン・ソナタ。

 「東京文化会館でやる時は、後半はフランク! とずっと決めており、迷わず選びました。アルト・サックスの音域で深い味わいを表現しやすく、サクソフォンの魅力をたっぷり聴かせることのできる作品だと思います」

 デビュー・コンサートが2012年5月だったので、正確には12周年ということになるだろう。ヴェルサイユ音楽院を卒業する2011年、故郷の福島県南相馬市が震災に見舞われ、帰国を決断した。

 「実家が津波で流されました。さいわい家族は無事だったのですが、家族のそばで生活したいと思い、音楽院の卒業とともに留学を終えて帰ってきました。翌年の南相馬でのデビュー・コンサートはまだ放射線量も多くて、あまり長く外にいないようにと言われているような中での開催でした。震災がなければ今もフランスにいたと思います」

 それから10年。母親が病気で他界。コロナ禍で音楽を離れることも考え、父親の経営する会社を手伝ったこともあった。しかしいったん他の仕事をしたことで、やはり自分は音楽で人にものを伝えたいという思いを強くしたという。さまざまな思いを胸に、念願のステージに立つ。

 「繊細なタッチの部分の音のニュアンスは、たぶん10年前と全然違うので、その意味では深みは増していると思います。もともと、人情味タイプなので、人間っぽい部分が出せたらいいかなあ。いずれにせよ、サックスの魅力を、僕の音を通して知っていただけたらうれしいです」
取材・文:宮本 明
(ぶらあぼ2024年1月号より)

デビュー10周年 完戸吉由希 サクソフォンリサイタル Vol.6
2024.1/30(火)19:00 東京文化会館(小)
問:プロアルテムジケ03-3943-6677 
https://www.proarte.jp