ウラジーミル・マラーホフ(東京バレエ団 アーティスティック・アドバイザー)

マラーホフの新たな旅

「東京バレエ団とのお付き合いは20年になりますが、常にすべてが完璧にオーガナイズされていました。カンパニーの中には親しい友人もできました。アーティスティック・アドバイザーとして、ダンサーたちがさらに向上し、活き活きと踊れるようにサポートするのが僕の仕事です。これから『くるみ割り人形』や『ジゼル』を上演しますが、幾多のバージョンを踊り、数々のダンサー、振付家と仕事をしてきた経験をダンサーたちと分かち合いたいと思います」
 日本のダンサーをどう見ているのだろうか。
「日本のダンサーは、美しく踊ることができますが、まだ進歩する余地がある。もっと自然な表現をしてほしい。心から感じ、湧き上がるような愛を持ってバレエに接してほしいのです。メンタリティの部分も含め、“生きた”ダンスができるよう、僕のほうから少しアシストしていければと考えております。今舞台に立っているのは、僕とは違う世代。ものの見方や考え方も僕とは異なります。部屋を模様替えするように、新しいものを取り入れたり、僕のようなアンティークを取り入れたりしながら(笑)、よりよい状態を求めてほしい。自発的な向上心が必要です」
 2015年2月には、マラーホフ版『眠れる森の美女』が上演される。バラの花の香りが漂ってくるような、色濃く、華やかな作品だ。
「棘のあるバラは善悪の象徴です。バラはリラの精、棘はカラボスを表します。ここまでが僕の解釈、この先はお客様ご自身で解釈をしてください」
 マラーホフは、美しきバラに隠された棘、カラボスを演じる。
「怒りをもった悪役マラーホフをお見せします。僕は、意地悪をするタイプの人間ではないので、『No』ということを学ばないと。恨んだり、復讐したり、という要素が僕にはまったくないんです。“赦す”気持ちを持っているし、常に善を行おうとしています。自分の行いはすべて自分に戻ってくるから。ですので、2009年に続き再びカラボスを演じることで、改めて強いものを発見できるのでは?と楽しみにしています。あくまでステージの上でだけのことだけど(笑)」
 前回はゲストとしての出演だった。今回は自身とは正反対の役柄に取り組むマラーホフとより密に、日常的に接することで、ダンサーたちは何かを肌で感じとることだろう。
「ゲストで来日すると、みんなが構えてしまうのだけど、毎日ここで僕と接しているのだから、生身の人間としての僕を見てほしいと思います。街で僕を見つけた人たちが、フリーズして遠巻きに観察しているから、『あれ、僕ってツノやトゲがついていたっけ?』って思ってしまう(笑)。僕は今東京に住んで、普通の生活をしています。近所に買い物に行って、おいしそうな野菜を選んだりしているんだから」
 お気に入りのすし屋で舌鼓を打ったり、バレエ公演の帰りに美味しそうなレストランを探したり、そんな日常を楽しみ、その中で日々さまざまな発見をしている。この経験は、彼自身にも何かをもたらすことだろう。
「年齢を重ねたので、クラシック全幕を踊ることはもうほとんどないと思いますが、教える立場でダンサーに接しているときは、僕も踊っている気持ちになれます。身体を保つのも大変だし、痛みもありますが、小さな役でも舞台に出ることは喜びです。僕は身体の痛みですぐに舞台をキャンセルしたりはしなかった。痛みと共生してきたからこそ、僕は強くいられたのです。20年前の身体があれば、あの時のように踊れるかもしれないけれど、戻りたいとは思いません」
 過去に手を振り、前を向いて歩み続けるのがマラーホフだ。彼の人生と重なるような『ヴォヤージュ』のように。
「この踊りは“終わり”がテーマ。終わりを認めるのは辛いけれど、それが人生です。失うことは、何かを見出すことでもあります」
 若いダンサーをサポートするためのマラーホフ基金を設立した。
「金銭面だけでなく、コンクールやマスタークラスも考えています。もっと劇場に足を運んでもらえるための活動にも力を入れたい。新しい演出のアイディアもあるけど、まだ内緒、時がきたら話すね」
 新しい旅はもう始まっている。
取材・文:守山実花 写真:藤本史昭
(ぶらあぼ + Danza inside 2015年1月号から)

東京バレエ団 創立50周年記念シリーズ
『くるみ割り人形』
2014.12/19(金)〜12/21(日) 東京文化会館
『眠れる森の美女』
2015.2/7(土)、2/8(日) 東京文化会館
『ジゼル』
2015.3/13(金)〜3/15(日) ゆうぽうとホール
2015.3/21(土・祝) 妙高市文化ホール
問:NBSチケットセンター03-3791-8888
http://www.nbs.or.jp

『くるみ割り人形』
2014.12/23(火・祝)15:00 よこすか芸術劇場
問:横須賀芸術劇場046-823-9999