ワシントン・ナショナル・オペラデビュー25周年 愛と平和への祈りをこめて Vol.13
森 麻季 ソプラノ・リサイタル

初心にたちかえり新たなる挑戦のステージへ

(c)Yuji Hori

 1996年の秋、あるオペラコンクールで、ソプラノ・森麻季の歌を初めて聴いた。ドリーブの《ラクメ》の名曲〈鐘の歌〉をヴォカリーズで始めたとき、まずは声音の神秘性に耳が吸い寄せられ、コロラトゥーラの麗しさにも魅せられた。歌いぶりはとても涼し気。でも、そこから格別の「潤い」が湧いて出る。なので詳しくメモを取った。「この人は、世に出る。必ず」—心からそう思ったからである。

 結果、森は、筆者がたびたびインタビューし、何十回と批評もさせてもらうスター歌手になった。ワシントン・ナショナル・オペラのデビューは《後宮からの逃走》のブロンデ役だが、その後、《ホフマン物語》の人形オランピアを演じた際—同時多発テロが起きたその時—には、現地の人々の思いやりに包まれて、歌う喜びを嚙み締めたのだそう。そうした人生経験も、歌いぶりに厚みを加えたのだろう。近年の彼女は、声の美質を保ったまま、フレージングを逞しくすることにも成功、リサイタルの選曲もより幅広くなっている。

 この9月、森麻季は「愛と平和への祈りをこめて Vol.13」と題したコンサートを開催。ベルカント・オペラやフランス・オペラの難曲から、オペレッタの人気のアリア、ブラームスの宗教曲のソロまで、彼女の道のりを総ざらえする名曲ばかりである。そのプログラミングには、「穏やかなるチャレンジ精神」の一言を賛辞として送りたい。持ち前の柔らかさに陰翳や鋭さが宿る一瞬をお聴き逃しなく!
文:岸 純信(オペラ研究家)
(ぶらあぼ2023年8月号より)

2023.9/10(日)14:00 東京オペラシティ コンサートホール
問:ジャパン・アーツぴあ0570-00-1212 
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