ロレンツォ・ヴィオッティ × 東京交響楽団
伝統は、次の時代へ──若き音楽監督が拓く80周年シーズン

Lorenzo Viotti
東京交響楽団 第4代音楽監督

 ロレンツォ・ヴィオッティはいま36歳。楽団創立80周年を迎えた東京交響楽団の第4代音楽監督として、この春から新たなる航海に乗り出す。

 出会いは2014年の夏。「昨日のことのように、なにもかも鮮やかに覚えていますよ、生まれて初めてプロのオーケストラを指揮したのですから」とヴィオッティは言う。以来12年がめぐり、東響と5度の共演を重ねるうち、欧米の名だたる楽団を指揮してきた。グルベンキアン管弦楽団、ネーデルラント・フィルハーモニー管弦楽団とオランダ国立歌劇場の首席指揮者を務め、チューリッヒ歌劇場の音楽総監督就任も決まった。

 「音楽監督としての最初のシーズンはラヴ・ストーリーみたいなもので、私も東響も、そして聴衆も、みんな新しい関係の始まりにわくわくしている。ただ、お互いをよく理解し合うには時間がかかるし、葛藤や忍耐も要るものとわかっています。与えられた時間のかぎり、私の汗、情熱、思いのすべてを、聴衆と東響と日本の文化に捧げるつもりです。楽団の求めているものを注意深く聴きとり、新しいアイディアや考えかたを聴衆と分かち合いたい。東響独自の特色を打ち出し、さらに新しい世代に輝く未来を渡していくことが、私の目標です。でも正直なところ、いまからマスタープランはもちたくない。デートをする前にぜんぶを計画していたら、たいていうまく行かないものでしょう?」とヴィオッティは慎ましく笑う。

 音楽監督就任披露の一歩をこの5月、ベートーヴェンとマーラーそれぞれの交響曲第1番で踏み出した。

 「東響は長い歴史を誇りつつ、いま新しい窓のほうを向いています。私も若いし、奏者にも若い人が大勢いる。だから、新しい始まりを告げるフレッシュさが必要だと考えました。ベートーヴェンとマーラーは、過去の善きものを多く活用しつつ、未来へのまったく新しい道を開いた作曲家です。最初のコンサートにはソリストを入れず、オーケストラを主役にして、ふたつの完全に異なる様式を表現したい。ベートーヴェンは交響曲第1番にしてすでに大胆な意外性をもって聴衆に挑んでいます。そしてマーラーの第1番の最初の小節は、音ではなく導入でもない。それは雰囲気です。光なくあてどなく、新しい響きの世界が開始されます」

 ハ長調からニ長調へと両曲の主調が上がっていくのも最初の階梯にふさわしく、また年末の「第九」のニ調とも響き交わすことになる。

 「マーラーが重要作をニ長調で始めたのは、ベートーヴェンのハ長調のエコーのようなものだと思います。『第九』を指揮するのは初めてです。ウィーン楽友協会の合唱団で、ティーレマン、ラトル、ムーティ、アーノンクールの指揮で歌ってきましたけれど」

 もうひとつの就任披露プログラムは、ソプラノにマリーナ・レベカを迎えたR.シュトラウス畢生の傑作「4つの最後の歌」と、ラヴェルのバレエ音楽「ダフニスとクロエ」で多彩な広がりをみせる。

 「音楽史上のふたつの重要な始まりをベートーヴェンとマーラーの交響曲第1番で告げ、それからここではふたつの重要な聴きかたを示そうと思います。シュトラウスの『4つの最後の歌』では、オーケストラと歌は一体、室内楽のように、ピアノと声楽のようにデリケートに演奏しなくてはなりません。『ダフニスとクロエ』の合唱は言葉を発さずに、オーケストラの雰囲気を構成します。私は声を深く愛していますから、世界的な歌手も招きたいし、なにより合唱の指揮が大好きなのです」

 9月に上演するフランツ・シュミット晩年のオラトリオ「7つの封印の書」には、アーノンクールとウィーンで共演したときの鮮やかな記憶もある。「19歳のときムジークフェラインで、アーノンクールの指揮で歌い、録音もしました。大編成の巨大な作品でありながら、きわめて壊れやすく、詩的で、力強い。ドイツ語テクストの複雑な内容を必ずしも理解せずとも、素晴らしくエモーショナルな魅力で訴えかけてきます。指揮をするのは初めてなのですが、最初のシーズンにこの難曲を上演することを、私はリスクではなく大きなチャレンジだと考えています」

 お互いを知るための鮮烈な冒険が幕を開ける。「聴衆がいなければ、私たちは存在しないのと同じ。みなさんとお会いできるのが待ち通しいです」と明朗な希望に満ちて、若き指揮者はそう語った。

取材・文:青澤隆明
(ぶらあぼ2026年6月号より)

ロレンツォ・ヴィオッティ(指揮) 東京交響楽団

特別演奏会《ロレンツォ・ヴィオッティ 音楽監督就任披露》
2026.5/24(日)14:00 ミューザ川崎シンフォニーホール

出演/マリーナ・レベカ(ソプラノ)、東響コーラス(合唱) 
曲目/R.シュトラウス:4つの最後の歌、ラヴェル:バレエ音楽「ダフニスとクロエ」

第743回 定期演奏会
7/18(土)18:00 サントリーホール
曲目/ブラームス:交響曲第3番 ヘ長調 op.90、ドヴォルザーク:交響曲第7番 ニ短調 op.70

第745回 定期演奏会《東京交響楽団創立80周年記念》
9/19(土)18:00 サントリーホール

フランツ・シュミット:オラトリオ「7つの封印の書」
9/21(月・祝)14:00 ミューザ川崎シンフォニーホール

出演/マキシミリアン・シュミット(テノール/ヨハネ)、フランツ=ヨゼフ・ゼーリヒ(バス/神の声)、クリスティーナ・ランツハマー(ソプラノ)、カトリオーナ・モリソン(メゾソプラノ)、パトリック・グラール(テノール)、クレシミル・ストラジャナッツ(バスバリトン)、大木麻理(オルガン)、東響コーラス(合唱)
曲目/シュミット:オラトリオ「7つの封印の書」(ドイツ語上演/日本語字幕付き)

問:TOKYO SYMPHONY チケットセンター044-520-1511 https://tokyosymphony.jp
  ミューザ川崎シンフォニーホール044-520-0200 (9/21) https://muza.pia.jp
※全公演情報は、東京交響楽団ウェブサイトにてご確認ください。


青澤隆明 Takaakira Aosawa

書いているのは音楽をめぐること。考えることはいろいろ。東京生まれ、鎌倉に育つ。東京外国語大学英米語学科卒。音楽評論家。主な著書に『現代のピアニスト30—アリアと変奏』(ちくま新書)、ヴァレリー・アファナシエフとの『ピアニストは語る』(講談社現代新書)、『ピアニストを生きる-清水和音の思想』(音楽之友社)。『ショスタコーヴィチを語る』(青土社)で、亀山郁夫氏と対談。そろそろ次の本、仕上げます。ぶらあぼONLINEで「Aからの眺望」連載中。好きな番組はInside Anfield。
https://x.com/TakaakiraAosawa