INTERVIEW ピエール=ロラン・エマール 
クルターグ生誕100年に贈る内省と静寂の旅路

Pierre-Laurent Aimard
ピアノ

 フランス生まれのピアニスト、ピエール=ロラン・エマールは、アンサンブル・アンテルコンタンポランのメンバーとしてキャリアをスタートして以来、コンテンポラリー・ミュージックの伝道者として、世界各地で意欲的な演奏活動を展開している。深い楽譜の読み込みと高度なテクニックに裏打ちされたエマールの精緻極まる演奏には、多くの作曲家が信頼を寄せ、作品をその手に託してきた。

 今年100歳を迎えたハンガリー(生まれはルーマニア)の作曲家、ジェルジ・クルターグもそのひとりで、クルターグとエマールは半世紀にわたり親密な交流を重ねている。7月21日に浜離宮朝日ホールで開催されるリサイタルでは、クルターグの「遊び」にバッハの「平均律クラヴィーア曲集」第1巻とシューベルトの様々な舞曲を組み合わせた、エマールこだわりのプログラムが披露される。エマールは2023年にも日本で同様のプログラムによるリサイタルを行っているが、この3人の作曲家を並べるアイディアはコロナ禍のロックダウン中に思い付いたものだという。

 「クルターグの『遊び』、バッハの『平均律クラヴィーア曲集』、そしてシューベルトの舞曲は、いずれもグランドピアノで弾かれる伝統的なピアノ・リサイタルを目的として書かれたものではありません。『遊び』は作曲家の日記のような作品ですし、『平均律クラヴィーア曲集』は練習曲、シューベルトの舞曲も家庭で楽しむための音楽です。パンデミックによって日常生活もステージでの音楽も失われていた時期に、私は大袈裟なアクションや自己顕示を伴わない、こうした作品に自然と惹かれました。私が目指したのは、これらの作品を組み合わせてリサイタルのなかに構造を与え、作品を適切な場所に配置することで、親密さへの回帰を探求し、それを聴衆と共有することでした。

 私がプログラムを組む際に大切にしているのは、コンテクストのなかで作品に意味を与え、そこに新しい命を吹き込むことです。今年はクルターグの生誕100年という記念すべき年ですが、彼の音楽には多くの参照があり、そこにはバッハとシューベルトも含まれます。クルターグの音楽を育んだふたりの偉大な作曲家とともに、彼の音楽の真価を示すことも、このプログラムのコンセプトです」

 クルターグが「遊び」を書き始めたのは1973年のこと。エマールはその5年後の1978年にブダペストでクルターグと出会い、以来この作品をレパートリーに加えて、大切に弾き続けてきた。2022年と24年には作曲者立ち会いのもと、「遊び」のレコーディングにも取り組んでいる。

 「クルターグは最小限の素材と限られた手法で音楽の本質を語ることのできる作曲家です。それは日本の俳句の美学に近いものかもしれません。彼は大変博識な芸術家で、フランス語を含む多言語を巧みに操り、さまざまな文化に関する膨大な知識を有しています。また電話番号の数字に音を割り当てて旋律を紡ぎ、友人たちのポートレートを描くといったユーモラスな一面も持ち合わせています。

 子どもたちに、あらゆる響きを用いた演奏表現を楽しみながら学んでほしいとの想いから書き始められた『遊び』ですが、そこにはすべての人のなかにある子ども時代への内省的な眼差しが含まれているのです。『遊び』はその後、練習曲に留まらない発展を遂げましたが、この作品は聴衆にとってもアクセスのしやすい現代音楽のひとつと言えるでしょう」

 「遊び」がバッハやシューベルトの作品と交互に演奏されるとき、そうした古典的レパートリーの聴こえ方にも変化があるとエマールは語る。

 「前半では、クルターグとバッハの音楽を形作るモチーフが互いに呼応し、共鳴します。後半のクルターグとシューベルトの組み合わせは形式的な繋がりよりも、直感的な発想に根ざしたもので、ふたりの作曲家の美的なコントラストが白昼夢のような体験をもたらします。

 今回のプログラムには、完全な静寂が必要ですが、日本のお客様の集中力は世界にも類がないものですから、このリサイタルは間違いなく忘れ難い時間となるでしょう。派手な効果や自己主張はありませんが、そこには自分自身の内面と向き合い、音楽の限界点へと向かう旅が待っています。ぜひ一緒にその旅へと出かけましょう」

取材・文:八木宏之
(ぶらあぼ2026年6月号より)

ピエール=ロラン・エマール ピアノ・リサイタル
2026.7/21(火)19:00 浜離宮朝日ホール

曲目/クルターグ:ピアノのための「遊び」より
   J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集第1巻より
   シューベルト:ピアノのための舞曲集より
問:朝日ホール・チケットセンター03-3267-9990
https://www.asahi-hall.jp/hamarikyu/


八木宏之 Hiroyuki Yagi

青山学院大学文学部史学科芸術史コース卒。愛知県立芸術大学大学院音楽研究科博士前期課程(修士:音楽学)およびソルボンヌ大学音楽専門職修士課程(Master 2 Professionnel Médiation de la Musique)修了。
2021年春にWebメディア『FREUDE』を立ち上げ。クラシック音楽を中心にプログラムノートやライナーノーツ、レビュー、エッセイを多数執筆するほか、アーティストへのインタビュー、コンサートのプレトーク、講演会なども積極的に行なっている。
https://freudemedia.com