ドイツリートがジャンルとして花開いたのは、ゲーテのような優れた詩人がいたからだ。そのロマンに多くの作曲家が魅せられ、詩句を旋律に乗せた。それはロマン派らしい移ろい揺れ動く気分(リスト)を描出し、近現代特有の人間存在の不安(ヴェーベルンや伊藤祐二)にも共鳴する。ゆったりとしたテンポでドイツ語の響きの美しさを引き出す歌唱、詩句のニュアンスに応じた音楽の陰影を的確にとらえるピアノが、そのポエジーに翼を与えていく。後半はヴォルフによるミニョンのドラマをじっくりとあぶりだした後、アイヴズの素朴な旋律で閉じる。選曲・演奏ともに考え抜かれた充実の一枚。
文:江藤光紀
(ぶらあぼ2023年6月号より)
【information】
CD『至福の憧れ ゲーテ歌曲の現在/長島剛子&梅本実』
R.シュトラウス:見つけたもの/ヴェーベルン:花の挨拶、似たもの同士/リスト:喜びも悲しみも、全ての山の頂きに安らぎが、天から来たあなたは/アイスラー:ゲーテ断章/伊藤祐二:「J.W.v.ゲーテの4つの詩」より〈リーナへ〉〈至福の憧れ〉/ヴォルフ:ミニョンの4つの歌/アイヴズ:イルメナウ 他
長島剛子(ソプラノ)
梅本実(ピアノ)
録音研究室(レック・ラボ)
NIKU-9053 ¥3080(税込)