東 誠三(ピアノ)

“歌”が内に込められたベートーヴェンの後期ソナタ

(c)Ariga Terasawa

 ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏で知られ、ライブ収録も行っている東誠三が、4月16日に東京文化会館小ホールでベートーヴェンのピアノ・ソナタ第30番、第31番、第32番の「後期3大ソナタ」を演奏する。

 「2016年から開始した同ホールのシリーズでは、いろいろな作品を演奏してきました。前回はラフマニノフとシューベルトを組み合わせましたが、ここにきて原点回帰というか、もう一度ベートーヴェンに立ち返りたくなったのです。ベートーヴェンは偉大な作曲家ですが、非常に人間らしい面も多く、それらがすべて音楽で表現されています。若いころから病気と闘い、家族の訴訟や楽譜出版社との闘いもあり、生涯にわたって闘う人生でした。しかし、そこから生まれ出る音楽は並外れた才能を映し出す。ベートーヴェンにとって、ピアノはもっとも身近で分身のような存在だったと思います。
 後期3大ソナタには、えもいわれぬ馨しく美しい心を吐露するような『歌』が内包され、ベートーヴェンはうたいたいという衝動が抑えられなかったのではないかと私は思います。その『歌』は人間の喜怒哀楽を表し、はげしく情熱的でありながら純粋で心に響きます。それを表現したいと思っています」

 東はパリ留学時代、ラドゥ・ルプーのリサイタルでソナタ第30番、第31番を聴き、その神がかった演奏に深い感銘を受けた。

 「ベートーヴェンの伝えたかったことが心底理解できる演奏で、ベートーヴェンのさまざまな葛藤を追体験するような感覚に陥りました。40年経ったいまでも、各楽章のこまやかな部分まで明確に脳裏に焼きついています」

 ソナタ第32番はアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリの録音に衝撃を受けた。

 「それは澄み渡っている演奏で、中学生だった私の心に衝撃をもたらしました。ソナタ第30番と第31番はアルトゥール・シュナーベルの録音も印象に残っています。こうした録音は色合いの豊かさ、表現の自然さが際立ち、レチタティーヴォやフーガなどこまやかな表現がひとつひとつ温かな響きとともに伝わり、調性の変化も相まって、すべてが凝縮されたエッセンスのように感じられます」

 5歳からピアノを始めた東は、音楽ひと筋の人生を歩んできた。なかでもベートーヴェンに対する思いは格別。奥に潜む「歌」を伝えたいと語る彼のソナタ。聴き手は「歌」を全身に纏い、至福の時を過ごせるに違いない。
取材・文:伊熊よし子
(ぶらあぼ2023年4月号より)

東 誠三 ピアノ・リサイタル 
2023.4/16(日)14:00 東京文化会館(小)
問:ムジカキアラ03-6431-8186 
https://www.musicachiara.com