“炎のマエストロ”コバケンと気鋭ヴァイオリニスト周防亮介が贈るチャイコフスキー

文:飯尾洋一

新年の幕開けを彩る華やかで情熱的なプログラム

 「第66回日本赤十字社献血チャリティ・コンサート」が、1月8日、サントリーホールで開催される。出演は指揮の小林研一郎、ヴァイオリンの周防亮介、東京都交響楽団。「情熱のチャイコフスキー」と銘打たれ、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲と交響曲第4番が演奏される。

周防亮介 ©︎松尾淳一郎

 ヴァイオリン協奏曲でソリストを務める周防は、現在もっとも注目される若手奏者のひとりといってよいだろう。2009年クロスター・シェーンタール国際ヴァイオリンコンクール第1位、2010年ダヴィッド・オイストラフ国際ヴァイオリンコンクール最高位、2011年東京音楽コンクール第1位、2016年にはヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクール入賞および審査員特別賞など、輝かしいコンクール歴を誇る。すでに国内外の著名オーケストラとの共演も多く、指揮の小林は「チャイコフスキー・コンクールで1位になるレベル」と太鼓判を押すほど。高度なテクニックと1678年製ニコロ・アマティを駆使した美音に加えて、作品の核心に迫るスケールの大きな演奏が魅力だ。すでに同曲を一昨年にレコーディングしており、歌心にあふれた堂々たるチャイコフスキーを披露しているが、ライブでは一段と白熱した演奏をくりひろげてくれることだろう。

 小林研一郎は今年82歳を迎えた日本を代表する名指揮者。かねてより「炎のマエストロ」「コバケン」の愛称で親しまれているが、その情熱は円熟の域に達した今も衰えていない。チャイコフスキーはマエストロにとって十八番のレパートリーでもある。さらに今回の公演は都響との共演という点でも興味深い。都響といえば精緻なアンサンブル能力と解像度の高いサウンドを持ったオーケストラ。そこにマエストロが「熱さ」を注ぎ込んだときに、どんな化学反応が起きるのか。他のオーケストラを指揮した際とはまた一味違ったサウンドが生み出されるのではないだろうか。

小林研一郎 ©︎山本倫子

 さて、今回のプログラムだが、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲と交響曲第4番が2曲並べられている点にも注目したい。ヴァイオリン協奏曲は作品35、交響曲第4番は作品36。作品番号が示すように同時期の作品だ。ともに完成は1878年。チャイコフスキーは38歳を迎えて旺盛な創作力を発揮し、代表作に挙げられるような傑作を次々と生み出していた時期にあたる。この時期はチャイコフスキーの人生が大きな転機を迎えた頃でもある。1877年、チャイコフスキーは富豪の未亡人ナジェジダ・フォン・メックから経済的な支援を受ける。メック夫人から継続的な支援が約束されたことで、チャイコフスキーは経済的な自由を獲得する。音楽院の職を辞めて意に沿わない教育活動から離れ、創作活動に打ち込めるようになったのもメック夫人のおかげだ。
 先に書かれたのは、作品番号とは逆になるが、メック夫人に献呈された交響曲第4番である。この曲に関してはチャイコフスキーからメック夫人に宛てた手紙が残っている。第1楽章冒頭の決然としたホルンのファンファーレが印象的だが、これを作曲者は「運命。幸福の追求を阻む不吉な力」と記した。激しく闘争的な第1楽章から、民謡的な要素を持った第2楽章、スケルツォに弦楽器のピッツィカートを効果的に用いた第3楽章を経て、最後の第4楽章で輝かしい歓喜を迎える。ベートーヴェンの「運命」の衣鉢を継ぐような、苦悩から勝利へと至る力強いドラマが作品の魅力となっている。

東京都交響楽団

 続いてチャイコフスキーは静養先のスイスで、ラロの「スペイン交響曲」の譜面を手にしたことをきっかけに、ヴァイオリン協奏曲の作曲に意欲を燃やした。作品は一気呵成に仕上げられたが、おもしろいのはウィーンでの初演の反響だろう。有名なエピソードだが、著名な批評家ハンスリックが「安酒の匂いがする」と評するなど、酷評にさらされた。現代の感覚からすれば、これほどの大傑作が受け入れられなかったことに驚くほかないが、ここには当時のウィーンの聴衆のロシア観に由来する偏見も少なからず影響していたはず。今でも「三大ヴァイオリン協奏曲」として、ベートーヴェン、メンデルスゾーン、ブラームスの作品が挙げられることがよくあるが、それはあくまで「ドイツの三大ヴァイオリン協奏曲」であって、実際に演奏される頻度からいえばチャイコフスキーが入らないはずがない。これほど雄大で叙情的で、ヴァイオリンの技巧性と豊かなポエジーを兼ね備えた傑作はない。

 この日本赤十字社献血チャリティ・コンサートは、HIV/AIDS問題をきっかけに社会問題化された「献血」に対する認識をいっそう高めるために1990年より定期的に開催されている。公演の収益は、日本赤十字社に寄付され、献血運搬車の購入・整備資金に充てられる。社会貢献活動に一役買いつつ、チャイコフスキーの熱い音楽に身を浸す。一年のはじまりを気持ちよく過ごすことができそうだ。

第66回 日本赤十字社 献血チャリティ・コンサート ~情熱のチャイコフスキー~
2023.1/8(日)14:00 サントリーホール

小林研一郎(指揮)
周防亮介(ヴァイオリン)
東京都交響楽団

曲目/
チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
チャイコフスキー:交響曲第4番

問:ソニー音楽財団03-3515-5261(平日10:00〜18:00)