【CD】トリスタン/イゴール・レヴィット

 「トリスタン」の音楽史的な意味を考えさせられるアルバムだ。ピアノによるトリスタン前奏曲では終わりのない和音がぽつりぽつりと寂しげに鳴り響く。ヘンツェの「トリスタン」はワーグナーのうつろな変奏に始まり、ブラームスの第1交響曲など歴史的名作の引用をちりばめながら、豊饒な音の絨毯を織り上げる(かつての録音よりも電子音がオーケストラに溶け込んでいる点に時代の変化を感じる)。マーラーの第10交響曲はヘンツェと同様、個人的な情感の最も深い表現であるとともに、歴史の転換点を示してもいる。“禁断の果実”以前にあるリストの音楽のみが未だ苦悩を知らず、甘美な夢を紡いでいる。
文:江藤光紀
(ぶらあぼ2022年11月号より)

【information】
CD『トリスタン/イゴール・レヴィット』

リスト:愛の夢第3番、超絶技巧練習曲集 第11番「夕べの調べ」/ヘンツェ:トリスタン/ワーグナー(ゾルタン・コチシュ編):楽劇《トリスタンとイゾルデ》より〈第1幕への前奏曲〉/マーラー(ロナルド・スティーヴンソン編):交響曲第10番より〈アダージョ〉

イゴール・レヴィット(ピアノ)
フランツ・ヴェルザー=メスト(指揮)
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

ソニーミュージック
SICC 30609〜10(2枚組) ¥3960(税込)