日本のオペラ界を担う新星たちが入魂の一曲を贈る
文化庁の「新進芸術家海外研修制度」は、将来の日本を背負って立つ若手芸術家に海外での研修機会を提供するもので、1967(昭和42)年にスタートした。これまでにこの制度によって海外研修を受けた芸術家は3,600人あまりにのぼり、現在、さまざまなジャンルで中枢を担う存在になっている人も少なくない。『明日を担う音楽家による特別演奏会』は、この海外研修制度でヨーロッパに学んだ声楽家9名が、その成果を発表するオペラ・ガラ・コンサート。2020年3月に予定していたがコロナ禍のため22年に延期、一部歌手が追加されての開催となる。全員が、これまでの経験の中からこれはというオペラ・アリア1曲を選んで披露する、まさに「一曲入魂」のコンサートで、角田鋼亮指揮の東京フィルハーモニー交響楽団の共演も豪華だ。以下、順不同で歌手と曲目を紹介する。
ソプラノは3名。鈴木玲奈が歌うのは、トマの《ハムレット》から、オフィーリアの狂乱のアリア〈私を遊びの仲間に入れてください〉。狂気にまで陥ってしまったオフィーリアの愛を描く繊細なコロラトゥーラが聴きどころだ。竹下裕美は、ヴェルディ《運命の力》の第4幕でレオノーラが歌う〈神よ、平和を与えたまえ〉をチョイス。ドラマティックな歌声で、静謐な中にも滲みでる熱を描き出す。同じくヴェルディの《椿姫》から〈不思議だわ!〜ああ、きっと彼なのね〜私はいつも自由で〉を歌うのは宮地江奈。愛を打ち明けられたヴィオレッタの揺れ動く心を描く超名アリアで実力をみせてもらいたい。
メゾソプラノも同じく3名。金澤桃子が選んだのはロッシーニ《チェネレントラ》から〈悲しみと涙に生まれ育ち〉。ドラマティコからレッジェーロへと声種を転換した金澤の底力が発揮される選曲だ。鈴木望が歌うのは、ドニゼッティ《ラ・ファヴォリータ》からレオノーラのアリア〈私のフェルナンド〉。愛するフェルナンドと結婚できることを喜びつつも自らの境遇に不安を禁じ得ない心境を描き、《椿姫》のアリアとも重なるところのある曲。藤田彩歌はベッリーニ《カプレーティ家とモンテッキ家》から〈もしロメオが御子息を殺めたとしても〉を歌う。ベルカント・オペラのズボン役というメゾの真骨頂をじっくり味わいたい。
テノールの山本耕平はモーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》からドン・オッターヴィオのアリア〈恋人を慰めて〉を歌う。派手ではないがテノールの声の技術や表現を堪能できる作品である。
2人のバリトンのうち、深瀬廉は珍しいロルツィングの《ロシア皇帝と船大工》から〈裏切られるとは!〉。皇帝が身分を隠して造船技術を学んでいるところにモスクワで反乱が起きそうという知らせ。怒った皇帝が歌うアリアで、細かい感情表現が要求される。村松恒矢が歌うのは、ヴェルディ《ドン・カルロ》からロドリーゴのアリア〈終わりの日は来た〉。カルロの身代わりとなって死んでいくロドリーゴのカルロへの思いがあふれた曲で、バリトンの深い表現が心に響く。
9人はいずれも、これからの日本のオペラ界を担っていく存在。その歌声を存分に堪能できる機会となるだろう。
文:室田尚子
(ぶらあぼ2022年3月号より)
*出演を予定していたメゾソプラノ 藤田彩歌は体調不良により出演ができなくなりました。尚、代替の出演者はありません。(3/2主催者発表)
詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。
2022.3/3(木)19:00 東京オペラシティ コンサートホール
問:チケットスペース03-3234-9999
https://www.ints.co.jp