本作は現時点における菊地裕介の最高のパフォーマンスかと思えるほどの圧倒的な完成度を誇る演奏だ。そもそも幻想交響曲をピアノ1台で再現するというリストの発想自体が無理筋なのだが(必ずしも否定的な意味ではない。その「無理」がオーケストラ版にはない極限状態の迫力を生む)、この菊地の演奏にはエレガントさすら感じるほどの技術的余裕があり、それは第5部における錯綜したテクスチュアの明晰さを聴けば明らかだ。ここまで迫力と正確性、さらに言うなら美しさが共存したリスト版の幻想交響曲は後にも先にも現れないだろう。併録の「イデー・フィクス」共々ぜひ一聴を乞う。
文:藤原聡
(ぶらあぼ2022年2月号より)
【information】
CD『ベルリオーズ(リスト編):幻想交響曲/菊地裕介』
ベルリオーズ(リスト編):「ある芸術家の人生における逸話」5部からなる幻想的な交響曲/リスト:「イデー・フィクス」ベルリオーズの旋律によるアンダンテ・アモローソ
菊地裕介(ピアノ)
VIRTUS CLASSICS
VTS-012 ¥3080(税込)